ヴィーナス・蘭亭序・バロック・アラカルト

4月以降の文化・芸術系抜粋メモ。

なかなか、忙しくて詳細に書く時間がないのです。

・アートフェア (東京国際フォーラム)

西嶋先生の筆跡が箱のふたにある、発掘品もあり。敷居の超高い古美術店もこんなイベントの時には、おじゃまできる。与謝野晶子、福沢諭吉の直筆掛け軸も!値段がついてる・・・。上の広場の大江戸骨董店ではお目当てのものをゲット。みつかるもんです。

・ウルビーノのヴィーナス(国立西洋美術館)

ティツィアーノのがやっぱりよかった。思ったより大きい。背景の長持ちの中から衣裳を出しているメイド二人、壁紙、後ろの鉢植えがその時代を表していて興味を持った。

ローマ時代の模刻だが、ドイダルサスのアフロディテは何度も振り返るほど。文句なし。

・ミュージアムコンサート ヴィーナス ~愛と美の調べにのせて~(国立西洋美術館)

フルートは立花千春さん、ハープは宮原真由美さん。主催者側のリクエストに答えて、テーマのイメージに沿う曲、だそうだが、フルート用ではないので、苦労された模様。単にメロディーがあるからいいでしょう、ではないのである。フルートにはフルート用アレンジがあるのだし。外は嵐なのに、とても優雅なひと時を過させていただいた。

・オペラ 「エフゲニー・オネーギン」(上野文化会館)

昨年に引き続き、子供のお供。小澤征爾さんも中央に座っていらした。赤いジャケット片手に。指揮はピエール・ヴァレー氏。今回は会場の子供たちがわかるパフォーマンスも入っていたようで、昨年のタンホイザーよりはるかに評判がよかった。だいたい、内容がわかりやすい。一般用の配役より、皆若手。オネーギンの声、よかったなあ。グレーミン公爵の出番は少ないのに、あの存在感には圧倒された。

好田タクトさんは、昨年はワーグナー、今年はチャイコフスキーに扮されていらしたが、やはり、本職の「指揮なりきり」も披露していただきたい。

東京オペラの森のイベント、オーケストラ公演 ピアノがユンディだったのだけど、チケットがとれず断念。そのうち生を聴きたい。彼の重慶なまりも。

2000年の、あのショパン国際コンサートでは、実はユンディより3位のアレクサンダー・コブリンの方が印象に残った。今年来日!

85年は、ルイサダ先生が5位で小山実稚恵さんが4位だったのだ。

・薬師寺展(東京国立博物館)

展示品がいつもより少ないので、ゆったり見ることができた。人は多かったけど。BSで前もって特集を見ていたので、わかりやすかった。日光菩薩、月光菩薩、この力強さ、おそばにいるだけで、この安心感。塔の部品展示で、大きな発見をして満足。日々、取材である。

・薬師寺展 記念歌会(東京国立博物館 平成館 大講堂)

心のまほろば 薬師寺を詠む

NHKの公開録画。選者は佐々木信綱先生(大学のとき、般教で受講)、俵万智さん、司会は平野啓子さん。イントロの平野さんの朗読は大画面からの声だとばかり思ったのに、目の前の声とわかり、いたく感動。プロはすごい。最終まで残った五首は、すべて最初からいいな、と感じていたので、自分の審美眼を誉めよう。

・蘭亭序(書道博物館)

蘭亭序ざんまい。王義之の本物は皇帝と共にお墓の中ですが、それぞれの蘭亭序はそれぞれに味わいがある。内神田の東書店のカバーが蘭亭序と気づいている人はどのくらいいるだろう。書ばかりクローズアップされるが、書いてある内容のスケールが大きくてすっきりする。

・平山郁夫とシルクロードガラス展(古代オリエント博物館)

パルミラを発掘された林先生にチケットを頂いた。ガラス製作技術史の輪郭がわかって、とてもよかった。メソポタミア、テル・ウマル遺跡(3800年前)のガラスの秘伝書とは、興味深い。自分たちが何の気なしに使っているガラスは、智慧の結晶と改めて認識した。ローマのガラス容器は今とほとんど変わらない。ローマで発展したものは驚くほど多い。

・東京六大学ピアノ連盟企画演奏会2008 Beyond(文京シビックホール)

浅野稔子さんはドビュッシー、植松洋史さんはカプースチン、金子一朗さんはベートーベンとスクリャービン。浅野さんはピアノの先生もしていらっしゃるが、他の方は本業が別にある。ピアノが好きで好きで続けて、しかも腕前はプロ以上。一台のピアノで、これだけ音色が違うとは!!弦楽器や管楽器と違ってピアノは誰にでも音は出せますが。実はピアノは人によってこれだけ出す音が違います。指の太さ、長さ、筋肉、強さ、タッチする場所。一音一音、計算ずくで出している音。深い。今年のマイブームはドビュッシーとスクリァービン。

・紫禁城写真展(東京都写真美術館)

百年前の紫禁城の写真と現代の写真。紫禁城の前は数えられないくらい通った。前は車がぶんぶん。それが、百年前は当然のことだが、一面むき出し、雑草も生える大地だ。以前、展示品の写真は自由に撮れたが、昨年あたりから禁止になったらしい。もっと撮っておけばよかったな。映画を見せて頂いたが、これがなかなか参考になるものが多かった。天井裏まで見ることができたのだから。康熙帝のとき、梁九がいたからこそ修復できたのである。

・岡鹿之助展(ブリヂストン美術館)

ひたすら静謐、どの絵を見てもストンとグラウンディンするような感覚だ。なかでも雪シリーズがしんしんとした雰囲気を伝えている。そうそう、私が森で見た雪はまさにこのとおり。お公家さんのような容貌だが、出身はそうではない。声を聞いてみたいと思った。パンジーは私がパンジーを認識した時代に描かれたもの。今はたくさんの種類の花があるけれど、当時、パンジーはしゃれた花にうつった。

・古代ギリシアのアングルハープ 復元と演奏(ブリヂストン美術館)

元国立劇場演出室長の木戸敏郎さんのライフワークである、アングルハープ複製のレクチャーコンサート。筝曲家の西陽子さんが演奏。正倉院の箜篌(くご アングルハープ)にいきなり、詳しくなってしまった。漢代、くごを使うようになった背景が自分なりに理解できるようになった。これは大きな収穫である。どこかで発掘されればよいのだが。

・長江哀歌(東京都写真美術館ホール)

観客20人以下。ゆったり鑑賞することができた。三門峡ダム工事に翻弄される人々のエレジー。主人公たちの会話のさなかに、轟音。ビルが次々と爆破されていくのだ。破壊と再生の繰り返しの中国史を髣髴とさせる。そして、水を治めたものが勝者だ。

5月の四川省大地震。水の恵みがあったからこそ栄えた四川盆地だが、その水、今は海子(堰止湖)に脅かされている。四川省は決して地震が少ない地ではない。1933年の茂県畳渓鎮(ぶん川、専門家はびん川と呼ぶ の隣の県)では7000人近く亡くなり、堰止湖は2つでき、45日後に決壊、さらに2500人死亡。1986年には再び堰止湖が決壊しているのだ。この歴史がわかると、今、必死に堰止湖の水を人工的に処理しようとしている意味が見えてくる。

被害のひどかった都江堰には、20年前にたった一人で訪れたことがある。治水を成功させた李冰(りひょう)のしごとを見るために。震え上がるほど、しぶきのあがる急流だ。あの道行く人々はどうしただろうか。

・目白バロック・トークコンサート(雑司が谷音楽堂)

毎年行う、目白の音楽祭の中のひとつ。これはピティナ・ピアノステップが実施。プロによるトークコンサートの前も聴講可というので、早めに行った。子供たちのふつうの発表会と思いきや、そのレベルの高さに舌を巻いた。出演回数50回の学生も!いや~この中から、将来、スターが出るかも、と思うとダイヤの原石を見るようであった。バロックの譜面をたくさん注文してしまいそうである。不断の練習が必要であるが。すべてバロックの曲だったので、特にそうなのかもしれないが、左右の脳のバランスが取れてくるような感覚があった。自分で日々弾けばもっとよいのである。時間が許す限りだいたい毎日練習している。

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宝貝からピョートル大帝まで

今年に入ってから、訪れたアート、アカデミック系メモ。

貨幣博物館

殷代、貨幣として通用していた宝貝が多く発見されているということは、当時の支配圏の広さ、南方との交易を髣髴とさせる。海岸で貝をひろってにんまりしている人は、昔の記憶がよみがえっているのだろうか?

日本舞踊

知人の舞台発表、なかなかあでやか、浜町河岸の歌、懐かしかった。

大倉集古館

ひたすら鼻煙壺のコレクションに感激する。つぼの内側から細密画を描くとは並大抵のテクニックではない。

泉屋博古館

吉祥のメモメモ。文様は発音とともに吉祥を運ぶのだ。日本人は意味がわかっていないことが多いが、やはり、ルーツを理解することが肝要。

東京国立博物館

宮廷のみやび 前回の大徳川展ほどは混んでいなかった。

年号をひたすら覚えさせるより、藤原道長が近衛文麿の祖先だったとか、かれら一族が日本史に残した業績を理解するほうが、はるかにためになる。しかし、繁栄のうらには地道な霊的、物質的な努力があったのである。

出光美術館

王朝の恋。昔男ありけり・・・・ ついブロマイドも買ってしまった。古典の先生の声まで思い出した。昔のメロドラマだったのだろう。すごい人だかりだった。年齢層高し。

古代オリエント博物館

ここはたまに行くが、陳列の仕方、双方向性の展示ポリシーに好感が持てる。シリアは面白い。

WAZA展

金箔、象牙製品、筆が手に入った。

ハウス・オブ・シセイドウ

バルビエのイラストはなかなかいい。これから知名度が上がっていくのだろうか?香水瓶もよりどりみどり。

新日本フィルコンサート

トリフォニーホールは音響がいい。マーラーがよかった。イケメンの指揮者が遠くて残念。

深川江戸資料館

ここは、祖父母の思い出の宝庫のようだ。つまり、江戸と明治はつながっているということである。翌日、テレビに放映されていた。シンクロ。

清澄白川のあさりの漬物は絶品である。日本五大銘飯である、深川めしを食べに行こう。

下町風俗資料館

風呂の磐梯に座ってみた。結構ながめがいいものだ。ビロードばりのいすがあるカフェもいい感じ。

旧東京音楽学校奏楽堂

ホールでバロックを聞きながら、ちょっと休憩。以前、コンサートを聴きに来たことがある。たまには日曜のパイプオルガンを聞きに来ようか。木曜はとても混むそうである。

東京都美術館

ルーブル展。若い女性が多かった。マリー・アントワネットの実兄ヨーセフ2世の嗅ぎ煙草入れは、ダイヤがちりばめてあったので、目が点。外国女性であった、アントワネットはフランスにはそもそも住みにくかった。

遊牧騎馬民族の講義

ピョートル大帝のシベリア=コレクションがあったからこそ、エルミタージュができたのである。盗掘した金製品はとかして地金に、なんて時代があったのだ。西欧の知識を知っていた大帝のおかげで命拾いしたコレクションだ。

アルジャンの遺跡に興味を持った。いつごろ日本へ上陸することやら。

川、湖、海でマイナスイオン。

梅・桜・桃で春の息吹。

4月以降は頂いた展覧会やコンサートのチケットがどっさりあってラッキーである。

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静嘉堂 「文房具の楽しみ」

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閑静な住宅街の中で、ひときわ深い森林の香りがする、ここは静嘉堂也。

紅葉もたけなわ、静かな自然がこころよく招き入れてくれた。それにしても大樹の荘厳なこと。銀杏の黄金の葉は、蒼蒼たる天空にひらひらとたなびいていた。

静嘉堂は和漢の古典籍に詳しい者には、その専門図書館として有名である。蔵書20万冊、東洋古美術品は5000点収蔵されている。それが、平成4年に、文庫創設百周年の記念事業として、美術館が建設されたため、以前より気楽に足を踏み入れることができるようになった。

ここは三菱第二代社長岩崎彌之助と同第四代社長小彌太の父子に二代によって設立された。彌之助は当時の他の文化人と同様、高尚な趣味であり、使命とも言える古典籍、美術品の蒐集に努めた。彼らが集めなければ、散逸したり、外国に散らばってしまっただろう。昔の上流社会の人々は、確かに文化保存に大きな貢献をしていた。

さて、静嘉堂、この名の由来は、『詩経』大雅 既酔編の「籩豆静嘉」が出典で、彌之助が堂号として用いていたものである。前後の句には何が書いてあったか。そこで手元の愛読書『詩経』を開いてみた。13句目から抜書き。

其告維何 籩豆静嘉

朋友収(人偏に収)攝 攝以威儀

其の告げたるは維れ何ぞ、籩豆静嘉なり。

朋友ここに攝(たす)く、攝(たす)くるに威儀を以ってす。

お告げになったのは何ですか?「お供えの籩豆ともに善し。一族の朋友祭りを助け、助祭は礼儀に適っておる」

籩豆の籩は、果実や干した肉を盛る竹器、豆(とう)は漬けた野菜や塩漬けの肉を盛る陶器あるいは銅器という。

豆(とう)にはちょっと詳しいのだが、書くと長くなってしまうのでひとこと。豆はその器の形を表現している。高杯であるプリンアラモード型のような器だ。ただし、初期のものは皿が浅く、蓋がない。蓋がついて、深さが深くなるのは戦国時代以降である。だから、豆の一番上の一は、蓋ではなくて載せたものである可能性が高い。

時代が下って、豆が器としてあまり使われなくなった後、その字が食物の豆に使われるようになったらしい。豆も盛っていたのだろう。

要するに、静嘉とは祖先の霊前に供えるお供物が立派にそろったことを表している。事実、静嘉堂の中には、りっぱな宗廟が鎮座している。

ところで、今回の展覧会は、「書斎の美学 文房具の楽しみ」

文房具の文房とは一言で言えば書斎のことである。その静謐なる空間では、筆、墨、硯、紙が最も重要な位置を占める。宋代以降、文房四宝と呼ばれ、ことのほか珍重されてきた。

北京にいたときは、栄宝斎によく行っていたから、心なしか懐かしい気分。

その他、水入れ、筆洗いや印材など文房具周りの種類は多い。空間を満たす香りには、手の込んだ彫刻があしらわれている墨の香りと香炉から立ち上る香り。墨はケースから出して、香りを聞いてみたかった。龍脳はもちろんのこと、高価なものには麝香さえも練りこんである。

すばらしい白玉の香道具一式にもお目にかかれた。実物に出会うと、当時は先進技術で誕生した線香がどのように保管されていたかわかるのである。

乾隆帝の時代、玉彫の技術は頂点を迎え、どれも目を見張るほどである。もちろん、漢代以前より、玉の調達はあるにはあったが、その数は少ない。シルクロードはホータンの玉はそれは尊ばれた。また、その彫刻も青銅器が発達する前はいったい、どうやって彫っていたのか。

清代、青銅器で再現、というのもこれまた難しかったのではないか。神業的なテクニックが必要だからだ。厚みが少しでも均等でなければ割れてしまう。

この世界に目が慣れてしまうと、つまり、審美眼が発達すると、現代の彫刻がどうしても物足りなくなってしまう。当時の工匠であり、芸術家は現代と同じように、誇りをもって仕事をしていたのだろうが、恐らく命がけに近いものもあったのかもしれない。人間の発想力、手工芸の技術が極められると、それは見るものの心を動かす。文字通り、切磋琢磨の世界である。

白玉李白筆洗いなど、ご主人様はたいそうなでたのではないかと思うほど。

端渓の硯がずいぶん陳列されていた。堂々である。

陝西臨洮の洮河緑石には惹かれた。色が本当に渋い。硯の神様みたいな先生に今度お伺いしてみよう。

水石も相当コレクションがあったというが、現在は数個残るのみという。どこへ旅立ってしまったものか。桐箱に入れて、後生大事に保管されているのだろうか。

伊予石の俄眉山がなかなかよかった。本物に登った身としては、結構雰囲気が近かったと思うので。自然の造形というものは奥が深いし、それを見立てた発見者も想像力が豊かである。

加茂川の茅舎石も真に迫っていたが、紫の敷物より、もう少し川のイメージに合うものを。

水石にはまっている人々は、ディープ、らしい。

新関欽也氏の印材コレクションには、あまりの精巧さ、魅力に絶句した。

田黄の龍鳳凰文浮彫は、いつまで見ていても飽きない。ある意味でかの有名な盆栽「日暮らし」のようだ。そして、どこから見ても完璧。

橘皮黄というミカンの皮のような色と称され、印面は大根の煮物の切り口!だそうだ。

温潤、細膩、旧、透、幼、静、すべてそろっている。

なんと、西太后から李鴻章に下賜され、以下様々な人の手を経て、新関氏が譲り受けたそうである。

杜陵坑の蛙鈕はよくぞ、あの黒い部分を蛙に彫ったものである。足元からは薄いオレンジになっている。昔の人の豊かなイマジネーションとおしゃれなセンスには頭が下がる。

白玉の印鑑だが、鎖がついている!もちろん一塊の玉から彫り出して、である。

大陸のいろいろなところで彫ってもらった篆刻やまだ彫っていないものがあるが、いまさらながらもっと買っておけばよかった~と悔やんでいる。

そういえば、「日本で腕のいい篆刻家を探すのはなかなか難しいけれど、才能ある若手に頼んでおくから」とのお勧めで注文したものは、まだ手元に届いていないな。

現代は、買い替えが迫られるパソコンが文房具の進化形のひとつであろう。最近ではカラフルなパソコンや木製も出ている。思えば筆、墨、硯、紙がひとつに収まっているわけだ。しかし、電磁波は出るし、愛でる、という感覚からは遠のいてしまった。

筆どころか万年筆にもずいぶんとご無沙汰してしまった。

当時の文房具は当然ながらすべて手作りで、匠の魂が込められたもの。

静嘉堂に陳列の文房具は秀逸な品々で、しかもその使い手は朝廷でも一流の頭と腕を持った人々である。彼らは筆、墨、硯、紙などの文房具を単なる道具としてだけではなく、芸術品、家宝として大切に使用していたのであろう。そして、おそらく、日々の疲労や気疲れを癒してくれるパートナーとして。傍らに文房四宝。

ひとつひとつの物を大事にして、使い続ける・・・・・・まさにサスティナビリティの発想の原点ではないか。

スローライフではないけれど、今一度、アナログの文房具に登場してもらおうか。

今までの生き方がにじみ出てしまう文章、そして「問題な・肉筆」、気持ちよくスマートに書けるようになりたいものである。さらさらっと。

手書きの文字には、うまい下手に限らず、心を込めればきっとパワーが宿るはず。

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ふたつの油滴天目

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先日、東京国立博物館の常設展を見に行こうと、入館したら「30分待ち」

これは大徳川展の人気である。こんな看板は初めて見た。この日は入る予定がなかったので、念願の庭園へ足を踏み入れた。鎌倉の匂いがする。そんな古い建物群にほっとした。

常設展では、主に仏像の特定部分を調査中である。東洋館は貸しきり状態に近く、ゆったり見ることができた。西安の宝慶寺がここまで多く収蔵されているとは思わず、大きな収穫あり。何点かスケッチできた。

再び、東京国立博物館へ。今度は開館前にと、がんばったが、すでに切符売り場も人だかり。パスポートが切れていたので、急いで購入して、これで50人くらいは桂馬とび。

と・・・今度は平成館の前に、数百人の行列!まだ9時半になってない。すごい人である。団塊の世代が8割ぐらいだろうか。

15分ほどでどうにか入館。初めは3重の列くらいで、11時過ぎには満員電車で前は何も見えなくなった。

出てきたときは、すっ、すごい人、人、人!これは、ディズニーランドもロックコンサートも顔負け?くねった蛇のような行列。

「70分待ち」の放送。ア然。長年通っているが、ここまでのは初めて。

そんなに寒くない日ならよいが、高齢の方がずっと外にこの時間立ち尽くしているのは難儀ではないか。

出品目録も品薄になってしまったようで、お願いすると、奥の方から出して頂けた。あまりの大入りに印刷が間に合わないのだろう。

混雑に驚いているのはこのくらいにして、どうにか見て来た感想。

とにかく展示数が多かった。甲冑から家康のめがね、靴下、和宮の婚礼調度まで。

南蛮胴具足や刀に人だかりができていたが、興味があるのは伽羅と古文書。

伽羅は大きい!以前、その3分の1くらいのものを触らせて頂いたことがあるが、手のひらの上の家? 値段はつけられないが陳列品の中でも上位の価値があるだろう。家康はシャム王に何度も沈香、とくに伽羅を譲ってほしいと手紙を書いている。蘭麝待は伽羅ではないから、この大きさは格別である。黒光りが重厚だった。

その伽羅も焚いたと思われる、金銅獅子鈕香炉には当時のままの灰が残っているという。宋代の復古主義らしい作品だ。家康は寅年だが、獅子を選んだのも美意識とその格なのだろう。

『大日本史』は学生の頃に学んだが、光圀の校訂の朱文字入りの草稿があった。これは貴重である。熱心さが伝わってくる。

朝鮮版の『李太白詩』。ちょうど賦のページだった。賦は『漢書』芸文志によれば「歌わずして誦する、これを賦といふ」とある。旋律に寄らない分、修辞的表現の発達がみられるようになった。

形と音と義とを組み合わせて構成していくもので、相当技巧的なものが必要。職人芸なのである。表面的には美辞麗句を言っているようでも、皇帝などに対する風刺性がわからないように込めてあるところがミソ。

このところ賦にはまっているので、嬉しい。やはり司馬相如のがいい。使いこなす言葉が本当にすばらしく、しびれるのである。こんな表現もあり、こんな漢字の使い方も組み合わせもあり。日本語訳をたくさん読めば、少しはセンスがつくかも。

明版の『戦国策』にも出会えた。斉国のページだった。演習で発表したのを思い出す。徳川家はこれらの書も読んでいたのだ。

などと思いつつ練り歩いていると、斉昭所有の龍笛があった。若干太く見えたがどうだろうか。ケースもシンプルですてきだった。

曜変天目(油滴天目)茶碗があった。四方から見ることができる。このあと、三井記念美術館で、安宅コレクションを見に行く予定だったので、目を皿にして記憶しようとした。肉眼でどう違うのかと。

姫宮のみやびは、圧巻であった。ここは女性の園。皆動かない。究極の婚礼調度品である。着物の色彩は現代のものかと思うほど鮮やか、八千代姫の人形能面、百面には目を見張ったし、和宮の六玉川蒔絵袖机はとてもチャーミング。

美の求道者 安宅英一の眼 安宅コレクションへ

1975年、日本橋三越で開催された「中国陶磁名品展 安宅コレクション」の目録はすでに持っている。お目当ての写真一枚のために、古書店で探し当てたものだ。

安宅商会は1977年に終焉を迎えたので、その2年前の展覧会ということになる。国宝に指定されている「油滴天目茶碗」は意外や意外、なんと後ろのページで小さく白黒写真だった!

油滴天目は主に福建省の建窯で焼かれたもので、漆黒の釉面に小さな結晶斑が一面に浮かび上がり、銀色に輝く。結晶斑は焼成中、釉薬にできた気泡が破れて、くぼんだところに鉄が入り込んでできた結晶である。天然の偶発的な美しさがある。

浙江省のあたりに天目山という山があり、宋代にそこの禅寺で修行した日本の僧がみやげに持ち帰ったところから、天目と呼ばれるようなったという。

安宅コレクションの油滴天目は南宋、徳川のは金代の作。形は安宅がシャープで秀麗、徳川は温かみのある安定感。安宅が国宝になったポイントは、結晶斑の豪華さ、鮮やかさ、華やかさだそうだ。これが、自然のなせるわざである。国宝のほうが、確かにくっきりとして、内側はまるで銀色に光る雪がだんだんと積もっていくかのようで、バランスがよい。いつまで見ていても飽きない。一日のうちに比べて見られたのはラッキーであった。

加彩婦女俑はあっぱれな存在感。出土物に慣れている私には眼からウロコであった。美術品なのである。非常に写実的で、表情も豊かだ。とりわけ、後姿がまさにそこにいるふくよかでなまめかしい貴人であった。陳列の都合上、なかなか後姿を見ることはできないのだが、ここは四方から見ることができたので、満足。

青磁は重要美術品にもなっていないが、官窯の八角瓶が光ってみえた。色もつやもすばらしい。

汝窯に興味を持った。日本には4点しかないという。やはり、官窯なのか。

一対の白い梅瓶には、つまみのある蓋がかぶさっていた。なかなか蓋にはお目にかかれない。蓋つきだと、なんだか荘厳に見えるものだ。

直径50センチはあると思われる、明代の堆朱蓮池鴛鴦文輪花盆、これには非常に驚いた。「いい仕事してますね」というあのことばが聞こえてくるようだ。堆朱は刻みの鋭角感があまり好きではなかったのだが、このまろやかさ!これぞ完璧。

青銅器は卣がひとつのみ。他のもぜひ鑑賞してみたいものだ。一番見たいものがなくて残念。大阪に行った折に寄ってみたい。

安宅英一は1901年、1月1日に裕福な家庭に誕生。中華人民共和国成立の1949年、母が英一の誕生日である1月1日に、父が2月に亡くなり、翌年には妻が亡くなっている。彼のコレクションはその翌年に始まっている。何らかの心境の変化があったのだろう。

クラシックのパトロンとしても、日本を代表する審美眼の持ち主としても名を残した。

とにかく、物でも人でも一流と付き合う、というのがポリシーだったようだ。人の一流は才能や技術だけで語れるものではないから、なかなか難しいところ。

古美術店の方に、「審美眼を磨くには、まずは一流を見に行くこと!」と言われている。今回の安宅コレクションは中でも群を抜くであろう。

今までの既成概念が外れたところがあるような気がする。つまり、いいものを見ていなかったのだ。いつもは、歴史的価値を第一基準にして、出土地があいまいなものには興味がなかったのだが、それだけでは匠の技は理解できない。

最近、春秋時代の封泥を手に入れた。レプリカより安いからこそ、本物だと。まー、真偽はどうであれ、字は合っているのだから、いいのである。コレクションしそう。

そこのご店主は中国で模造品工場を見学したことがあるそうだが、びっくりするほどよくできているそうである。瓦当も絵が描いてあるのがいい、という人がいるのでそれを仕入れてくるそうだが、こちらは漢字が書いてある方が面白い。書いてある字からその下にはどんな人が住んでいるか、推定できるし。

ある瓦当は特定の宮殿にしか使われていなくて、みつかることも滅多にないはず。だいたい、9割は偽物というから、値段も安い。こんなきれいな形でみつかることもないはず。

でも、美しい、と思う人もいる。これは古美術を超えている感覚である。

ともあれ、いいものは心に訴えるものがある。脳波も変わる。

昔は、限られた人にしか縁のなかった一品に、今は誰でも会えるのだから、平和な時代である。

青白磁の皿と天目のような茶碗がほしくなった。安くても愛でたいものだ。

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フルートレッスン

幸運なことに、NHK交響楽団のフルート奏者である甲斐雅之さんに、子供がレッスンを受けさせて頂いた。

もう、スケールを聞くだけで癒しの風がふーっと吹いて、風通しがよくなった気がした。

プロ中のプロの音色はやっぱりすごい。至近距離で、しかもプライベートレッスン。

音は耳で聴くのではなく、身体全体に響く、と思う瞬間である。

甲斐先生は、ステージマナーがすばらしいことでも知られている。

家人が、写真を見て、「ヨンさまに似てる・・・」

なーるほど。言いえて妙。これだけで雰囲気がわかるような。N響のヨンさま?

説明もとてもわかりやすく、生徒も腑に落ちた様子。音が格段によくなった。

「自信を持って吹いてね!」

このお言葉が、かなり効いたらしい。しっかりした音になってきた。

フルートは管楽器の中でも難しく、人によってこれだけ音が違う楽器も少ないかもしれない。

私も、息を吹き込む角度も早さも強さも、そして温度も!自己流だった。慣れるまではまだまだ時間がかかる。

先生のフルートは、ムラマツの14K。見るからに楽器の宝石。

ムラマツの音はやや暗めで、日本人好みとよく聞く。実際、私も試したことがあるが奥行きがあって落ち着いた音だなと思っていた。地に足が着いた音というか。プロが吹いたら、幽遠な音が出るのかもしれないと。

先生の音は、温かみ、深み、奥行き、優美さがあり、包まれる感じがする。ムラマツの奥深さをすべて駆使し、新たなるご自分の音を紡ぎ出しているのだと思う。

楽器は奏者によって、どんどん進化していくのでしょうね。

ヤマハ、パール、三響、ミヤザワ、ムラマツ、アルタス、パウエル・・・皆、試吹したことがあるけれど、すべてその個性がある。

三響はヨーロッパ的で華やかな音で特に印象的だ。この音は、ヨーロッパの気候、湿度に合う気がする。そう考えると、ムラマツはヒノキの家、日本間にも合う音のような気がする。

今のところ、自分が吹いた感覚ではアルタスの音が一番気持ちいい。少量生産で匠の気持ちが込められているのが伝わってくる。深緑の中を清浄で透き通った風に、妖精が乗ってやってくるイメージ。からだが開く。

その日練習していた曲を、お手本で吹いてくださって、それは心に染み入り、感謝です。

N響なので、テレビでお目にかかることが多い。でも先日は、女性奏者お二人ばかりが画面に入って、先生は一瞬。やはり、オーケストラは生にかぎります。

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エバメールゲルクリームで感謝される

前から、一度使って見たいと思っていたエバメールゲルクリーム の試供品を頼んでみた。

なんといっても、化粧水、乳液、美容液を兼ねているゲルタイプなのだ。成分も安全、口コミナンバーワン、数年の実績もある。しかもいろいろな使用法があるらしい。

昔、そういうタイプが出たときに何種類か買ってみたが、いまいちだったから、出足は遅かった。でも、手持ちの化粧水が少なくなったとき、ついに決心したのだ。

最初はスプーン一杯くらいの量を思い切って使ってよいという。

ぜいたくに思いっきり顔に塗りたくって、パックしてお風呂へ。

あがったときは、顔がゆで卵の白身のようになっていた。お風呂から出ると普通は顔がピンクになっているのに。すっきり一皮向けた色になっていた。

もう、翌日はぷるんぷるん。試供品がなくなってしまうのが、さびしくなり、翌週にはもう180g入りを購入。

とても調子がいい。いつのまにか、首のシワもなくなっているし、顔のキメも元通りに近くなっている。そして、一日中、肌が乾燥しないでしっとりしている。これでエアコン、冬の乾燥も怖くないな。

メーク落し、パック、マッサージ、ボディークリーム、かみそりのあと、ヘアケア・・・・

一種類ですむのだから超らくちん。

だから、友人が肌の調子が悪くて~と電話してきたとき、勧めてみた。

「えー!もっと白くなっちゃったの!!うわっ、これは買わなくちゃ!」

そして、

今日、友人から電話がありました。

エバメールゲルクリーム、すっごくいいよ~

もう、ぼろぼろだった肌が再生したのよ。

最初は顔にたっくさん塗っても、どんどん肌がどんどん吸いこんじゃうのよー。

よっぽど乾燥していたのね。最近、使用量も安定しつつあるけど。 
肌の調子がいいと気分もいいわね。よかった、 ありがとー、感謝するわ~!!」

というわけで、エバメールゲルクリーム大礼賛でした。紹介した甲斐がありました。

まさに口コミとはこういうことなんですね。

もう、ヘビーユーザーになりそう。 まだあるけれど、スペアを頼んでしまいました!

高価な化粧品を使うより、こんなシンプルケアの方が肌にとっては負担がないのかもしれません。

結局、まず必要なのは良質な水分なのだ、と納得している今日この頃です。そして適度な油分も、です。

昔、銀座にかかっていた垂れ幕・・・・

「花には水を、妻には愛を」

肌にも水分を、ですね。

いい水も飲みたいです。

エバメールゲルクリーム 180g 3675円

40g~1㎏まで、さまざまなタイプがあります。 次はきっとポンプで買ってしまうと思います。

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花うさぎと厓画無法

仙厓の○△□   

大宇宙か?解釈が難しいと解説に書いてあったけど・・・言葉で説明しようったってしょうがない。

などと考えながら、奶茶の聞香杯をうっとりしながら嗅ぎ、ふと、ジュサブロー館で頂いた、パンフレットに目を通す。

    さよなら三角、

    またきて四角、

    こんどくるとき 丸くなる。

えっ?頭の中で△□○が浮かび、それって ○△□?

シンクロである。

△□○の方は、人形師辻村ジュサブローさんが監修された山形は酒田の「夢の倶楽」のパンフレットにあったキャッチフレーズ。

友人と人形町のジュサブロー館へ行って、甘酒横丁の行列を成している高級たいやきを尻目に、豆腐の双葉でほくほくランチ。そのあと明治座の隣の浜町公園であまりにまぶしい太陽を感じて、そういえば仙厓展が終わってしまう、と急きょ出光美術館へ向かったのである。最後に茶館で芳しいお茶を飲んでいたら、△□○に気がついたわけだ。

とても不思議な感覚だった。ジュサブローさんの感性あふれる人形たちと仙厓の水墨画の主人公たちがつながったのである。天衣無縫でくったくのない笑顔の紙面の登場人物と動物たち。

ジュサブローさんの人形といえば、なんといってもNHKテレビの「新八犬伝」の、私的には犬塚志乃、伏姫などである。毎日見て、やっと無事に一日が終わるのだ。夕暮れ時の充足感。これは忘れない。そして明日が待ち遠しい。

人形町の横丁にあるその館はこじんまりとして植木に覆われている。中からは楽しそうな人々の声。ちょうど先に来ていた人たちが全員退館していくところだった。

だから、ずっと貸切。おもいっきり贅沢。お弟子さんはとらないというので、そうではないとおっしゃるが、アドバイスを頂いているという人形師の方が解説してくださって、ほーっ!の嵐であった。

割と最近の作品であるという、おいらんの帯は三本使っているという。柄を出すために。目にエナメルを塗っているだけというが、これが色っぽい。後ろに鏡があって背中も見える。なんてつやっぽいんだろう。着物のしわのより具合。やっぱり魂が入っている。肌はちりめんの質感を越えている。

明治の着物の生地はたたいているので、薄く軽い。いまのは厚ぼったい。昔の着物の色合いは優しいが、今のは派手。色が鮮やか過ぎるとかえって顔色が悪くうつる。着物の柄が大きすぎて、顔が負けてしまう。おっしゃるとおり。人形たちのお召し物は日本古来からの、はんなりいい色だ。

とにかく、「この子はいるいる!実際に。歩いているよ。そのへんに」着物を着てレトロな人形なのに、そこらへんを歩いているのだ。だから、食い入るように見てしまうのかもしれない。

ユーモラスな表情、しぐさ、お地蔵様にぐちったら「なーにいってんの~よぉ」と言われそう。世の中楽しく生きなくちゃ、そんな声も聞こえてくる。

洋風から八犬伝をきっかけに和風に、そして現在は洋風和風融合というか、境がない世界。古いものを継承するだけではなく、進化している。

一階の奥には目玉座。一ヶ月に一回、シャンソンと人形がコラボする。できあがったら越路吹雪にそっくりのコウちゃん人形も出演する。和と人形とシャンソン。

花うさぎは、酉年のジュサブローさんの向かい干支という。泉鏡花と同じ。自分の向かい干支の置物などを集めると出世するという。

おあばあちゃんが縫い物をするような、道具類にはさまれた小さな空間が工房という。なんでも手を伸ばせば届くし、アイロンも年季が入っていた。祖母の持ち物を思い出した。かんざしも柘植のくしも布の色も柄も、なんだかとても懐かしい。

落ち着いた気持ちのいい時間を過ごせた。目に心に極上栄養。

仙厓の「さじかげん」「老人六歌仙画賛」「○△□」は前から大好きだけど、今回の没後170年仙厓展は大規模だった。こーんなにたくさん。

馬祖と臨済の対は渋かったし、パイナップルのようなトドは笑っちゃう。いろいろな画風を見ることができた。仙厓は自分の絵を見て笑ってほしい、という。

見ていて頭が楽になるし、肩の力が抜けてほっとする。あるがまま。

そして、権威をものともしない、痛烈な観点はすっきりする。達磨さえも皮肉られる。

仙厓自身のまあるい後姿にはどんな気持ちがこめられているのだろう。座るとは何?と聞こえてきそうだ。

    古池や芭蕉飛び込む水の音

これ、いい!

物にこだわらない禅僧と思いきや、熱心な石などのコレクターだった。すべてのものに仏性があるという表れなのだろう。

今回は「堪忍柳画賛」の絵葉書を買った。

    気に入らぬ風もあらふに柳哉

風だっていつまでも吹いているわけではないよ。

時は流れて、風が吹くからこそ、柳の枝も揺らめくのである。

冬枯れて、春が来るからこそ初々しい目に鮮やかな柳の若葉がまた生まれるのである。

いくとせも四季を重ねると、風もいつかは止むのもわかってくる。

さよなら三角、また来て四角、こんどくるとき丸くなる。△□○と○△□。

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ぐるっとパス 文化はめぐる

ここ半月ほどで訪れた美術館・博物館

☆松岡美術館 フランス印象派・新印象派展

お目当ては企画展ではなくて1Fの仏像、台座の意匠を調査中。思わぬ発見があった。

2F、ガラス張りの奥にルノアール。あの作品はここにあったのね。ゆったりした時間の流れる、しっとりした美術館である。

☆東京都庭園美術館  舞台芸術の世界 ティアギレフのロシアバレエと舞台デザイン

昭和33年に建てられた旧朝香邸 アールデコ様式

何度来ても、その佇まいにほっとする。ロシアバレエ衣装の奇抜さに目からウロコ。この美術館だからこそ、この展覧自体がさらに立体化する。周りの雰囲気とマッチするのだ。ピカピカの壁や床には似合わない。

☆大倉集古館 アジアへの憧憬

道教系神像があるのが、ここの特徴でもある。仏像からの影響もおもしろい。

今回は夾苧技法で製作された、大きな大きなたらいが目を引いた。夾苧技法とは、木などの型の上から麻布を何枚も貼り重ね、漆の乾燥後に型を取り去るもの。苧とは苧麻のこと。このたらいのような器の漆と朱の模様がいかにも戦国時代っぽくていい。使用法は特定できないが、たぶん湯船。ゆったりは入れただろうなぁ。お湯を青銅器で沸かして、くんで、くんで、結構大変。今度、先輩に聞いてみよう。

龍泉窯の青磁で興味深い形を発見。宋代の復古主義を髣髴とさせる。

ここは、しーんとしてどんな小さな音も響いてしまうけど、置いてあるものが渋くてお気に入り。

☆泉屋博古館 花鳥礼賛 日本・中国のかたちと心

沈南蘋の影響がこんなに大きかったなんてー。スケールが大きい。

若冲の生き物、鳥はやっぱりいい。椿椿山の玉堂富貴・遊蝶・藻魚、これは天保11年だから1840年。150年前とは思えない感性だ。

林巳奈夫氏は残念ながら、2006年1月にご逝去。あの粋で快刀乱麻な文体も好きだ。青銅器を見ることができるようになると、他の世界の古陶、青銅器までいきなりいきいきと輝いて見えるから、不思議。

二部屋の間のソファに座ると根が生える。お茶飲んで水飲んで・・・。

☆国立科学博物館  インカ・マヤ・アステカ文明展

7月から8月で20万人突破!!ということで、避けていた。金曜日の夕方は穴場である。今回驚いたのは、若者が多いこと。スピリチュアルの世界でマヤ暦も有名になったからだろうか。私がマヤ暦を知ったのは10年以上前だし、ホゼ・アグエイアス夫妻の講演会に参加したのもだいぶ前だ。

この3文明セット、しかもそのプレ文明も少々紹介されているという展覧会はまず初めてだろう。しかも日本初公開のものも多い。

マヤもいろいろな段階があったわけで、マヤ暦から想像する神秘的な面だけでは全体像が見えない、しかもこの昨今、スピリチュアル的に強調されすぎている。そんな中、この展覧会でイメージが変わる人も多いかも。しかし、絵文字を解読している学者たちの努力には敬服する。

インカの黄金は、最近その前の文明のものが多いといわれている。スペイン人が掠奪して祖国で溶かしてしまったけれど、墓の副葬品から推測することが可能になった。

戦争は儀式でもある。アステカの血なまぐささも現代の感覚でとらえては不可解なばかりだ。歴史を読むにはその感覚をはずさなければ先に進めない。それにしても、つい数百年前の事実なのである。

青銅器や紋様に詳しくなると、この三文明の遺物も何倍も楽しめる。その他も新しい発見がたくさんあり、これは参考になりそうだ。

☆東京国立博物館  京都五山 禅の文化

ここも平日昼間は込んで仕方がないが、やはり金曜日の夕方以降は、まともに入れる。

入魂の禅僧の像はまさに、入魂。並々ならぬ存在感を感じた。そのまま立ち上がって喝!と吼えられそうである。ご生前の本物のオーラは推して知るべし。。。

朱印状は初めて見たかもしれない。大きい。ポスターのようだ。こういう外交文書は相国寺や南禅寺の僧侶が書いていたそうだ。中国帰りのインテリたち。道元の曹洞宗とまた役割が違う。彼ら京都五山の僧侶たちは、宗教、文化、そして外交の要を握っていた。要チェックの集団である。

永楽帝からの文書の地模様に龍、これがまた風格があるのだ。8世紀にすでに一般では使ってはいけない模様を詔している。シルクロードからわたってきた模様もそれぞれの民族の好みで取捨選択され、独自の発展を遂げ、それがまた逆輸入したり、互いに影響しあっている。昔はアイデアを盗むなど毛頭なく、文化を吸収して(マネして)、新しい文化を生み出していく。日本のマネの文化はこうしたシルクロード文化の特徴を有効利用した形なのだろう。今の偽ブランド問題も、案外このルートと関係があるのかもしれない。昔プレゼントしてもらったドナルドダックのぬいぐるみは、実はまったく同じ顔ではない。つり目なのである。

というわけで、今度こそぐるっとパスをうまく利用しようと、時間を作って足を運んでいる。久々に山種と出光などにも近く行くつもり。速水御舟のバラのスケッチのはがきをみつけて、最近はおしゃれな商品にしている、とつくづく思う。

行けば行くほど、今まで何をみていたんだろう、と後悔する。テーマがはっきりすると見方も見るところも格段と違うのだ。そして、もっともっと数を見なければ、と気が引き締まる。いろいろな発見があるから面白い。

昨日は小澤征爾氏一色の日だった。13時から1時まで。

この春に、ジュニア用のワーグナーのタンホイザー聴きにいったら、気づくとふくらんだ真っ白頭の指揮者が振り返って、

「明日の出だしの練習するんで、あとからちゃんとした人くるから」

とは、なんと小澤征爾氏であった。企画側のサプライズなのだったのか?会場がザワザワした。そこら中ケイタイでシャッターを押している。最後まで一緒の空間で鑑賞。

中学生くらいのときに、まだ髪の毛が黒々として白いとっくり襟姿の指揮を拝見したのがたぶん初回だ。

昨日、1980年代に米国が製作した「OZAWA」というタイトルのテレビ番組も放映されたが、その中で彼はヨーヨー・マ氏と東洋人が西洋の音楽をやることについて、と語り始め、そこで撮影を中止してもらった。個人的な話なんだから、と。

デュティユーが『瞬間の神秘』の中で登場させた、ハンガリーの楽器、ツィンバロムを見たとたんに、ヨーロッパのハンマーダルシマー、イランのサントゥール、中国の楊琴を連想する。

孤立した文化を探す方が難しいのではないか。どこかでつながっている。

昔からの各民族間の往来、これもいろいろ、

文化は人の手を離れてもアメーバのように形を変え、

それを言ったら、700万年前のトゥーマイは全世界のご先祖様。

楽器も音楽も誰が奏でようとかまわない。楽器は文化の詰まったツールだ。

調合することで、新しい文化がまた生まれ、うまくいけば効果は何倍にもなる。

サイトウ・キネン・オーケストラのミックスされ、透き通ってパワフルな音色は魂に響いた。

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シャコンヌとエリック・カール

バッハのシャコンヌの調べが、真っ白な漆喰の高い天井へ反響する午後。

ヴァイオリンを奏でる漆原啓子さんの足元に座って聴き入る子どもたち。

漆原さんは東京藝術大学付属高校在学中に、第8回ヴィニャフスキ国際コンクールで、最年少の18歳にして、しかも日本人初の優勝と6つの副賞を受賞された。

ここは、国立国会図書館の支部、国際子ども図書館のホール。

この建物は100歳以上。もともと帝国図書館としてスタートした。ルネッサンス様式の明治時代の西洋館である。壁や天井は漆喰で、果物かごや花束などの模様があり、様々なシャンデリア、飾りのついた鉄の大階段、どれも手が込んでいて目に懐かしい。

この建物に通っていたのは学生時代。まだ国立図書館上野支部と呼ばれていたころだ。高い高い天井と荘厳な彫刻。その時を越えた空間にいるだけで、勉強している気分になれるお気に入りの場所だった。来館者は基本的に成人。確か、身分証が必要だったはず。なにか、大人の場という雰囲気だった。

トイレへ続く渡り廊下。ぎしぎし鳴く扉。足元の板にゆれる木漏れ日。木立の中の野鳥のさえずり。ほっとするひと時である。

それが、子どもの図書館になると聞いてはじめ不安になった。あの美しい建物はどうなってしまうのか?部分的開館になったときに子どもを連れて訪れたら、耐震性のない古い建物を保護しながらリニューアルする、という形と知った。昔は外壁だったところにとりまくように廊下ができて、その外壁を間近に鑑賞できる形だ。東京都選定歴史的建造物として保存されている。

しかし、やはり、大人の図書館という形は過去のものとなり、児童書の保存、子供用の図書館というコンセプトに生まれ変わった。もう、あの静かな空間で昔のように自分だけの時間を持つことはできない。こうなれば、子どもをダシに使ってみるか。

今年の「東京のオペラの森2007」上野公園エリアのイベントに、国際子ども図書館で絵本とヴァイオリンのコラボがあると知った。さっそく往復はがきで応募。返信のはがきには当選とあったが、実際行ってみると、何席が空きがあって当日の来館者も参加できたようだ。

絵本はエリック・カールの『うたがみえるきこえるよ

エリック・カールは子どもたちの間で知らない子はいないほど。司会の方が「『はらべこあおむし』を知っている人!」というと、ほとんど全員が「は~い!!」と元気よく手を挙げる。

エリック・カールは1929年ニューヨーク生まれ、幼少時にドイツに移住しシュトゥットガルト造形美大を卒業、その後アメリカに戻って、かの有名な絵本『スイミー』の作者レオ・レオニーの紹介で、ニューヨークタイムスのグラフィック・デザイナーとして活躍した。

はらぺこあおむし』は1969年。すでに40年近く前の作品であった。日本語版は出版30年だそうだ。色の中に同色系の色が組み入れられ、一度見たら忘れられない色彩である。「絵本の魔術師」という別名を持つ。

この国際子ども図書館のオープニングに、ご本人が参加、記念に妖精のリトグラフを図書館にプレゼントされた。3月17日から4月8日まで「エリック・カールの世界」が開催され、作品の製作過程やスタジオ風景、リトグラフも展示される。

さて、そのエリック・カールが1973年に「感覚をあつかった本をつくってみよう」と制作されたのが『うたがみえるきこえるよ』。字がなく、お話は絵に合わせて自分で自由に想像できるというもの。音楽を使うけれど、どの音楽を使うように、という指定もない。

頭のつるっとしたおじさんが、最初灰色の世界でヴァイオリンを演奏し始めると、色のついた種が出てきて、それがはじけて、それから・・・・。

今回はその音楽としてバッハの『シャコンヌ』が選ばれたということだ。『無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第二番』として1720年ごろ作曲された。(どこかで聴いたクラシック ヴァイオリン・ベスト101)旋律ではなく、和音進行を繰り返すので、その分旋律や装飾は自由に表現され、さまざまな表情がくるくると登場する。漆原さんの演奏は洗練されて迫力があった。まさに重層構造の曲である。

大人としては、はっきりした旋律というわけではいので、スクリーンの絵本のストーリーを自由に想像しやすい。音の粒は漆喰の壁にピチピチ跳ねながら、天へ上っていくようだった。

今の子どもたちは、すでにクレイアニメーション『ピングー』や子ども番組での、映像と音楽だけに自分で自由にストーリーをつけるというのは慣れていると思う。それを思えば、30年以上前に『うたがみえるきこえるよ』を作り出したエリック・カールは先進的だったのだろう。

普段は動いている絵にストーリーをつけるのは得意だろうが、動かない絵に音楽をバックに共にストーリーをつけるのは、さらに想像力を自由に働かすことができる。欲を言えば、1ページにかける音楽が非常に長かったり、とても短かったりで子どもはとまどったようだ。音楽の選定ももう少し子どもの耳に優しく、軽く躍動感があるものが合うのではないか、とも感じた。

短い時間だったが、生演奏と色彩豊かな絵本と共に、豊かな時間を過ごすことができた。

そのイベントの後は、急いで国立博物館の平成館ラウンジへ。ミュージアム・コンサートの「春のモツァルト」鑑賞のためである。出演者はラ・バンド・サンバ(弦楽四重奏)とフォルテピアノの小倉貴久子さん。小倉さんは第3回日本モーツァルト音楽コンクール、ピアノ部門で第1位を受賞、現在は芸大のフォルテピアノの非常勤講師を勤められている。

曲目は

弦楽四重奏曲「ミラノカルテット」第3番ト長調 K.156

ディベルティメント ニ長調 K.136

「ママ、あなたに話します」の主題による変奏曲(「きらきら星」変奏曲)

ピアノ協奏曲第12番 イ長調 K.414

子どもたちも聴き慣れている曲ばかりなので、リラックスして聴けたようだ。ただ、家では世界でトップレベルの演奏を聴いているので、音色やテクニック、生演奏に厳しい意見もある。しかし、目の前で第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンのかけあいがわかるのは楽しい。ディベルティメントは食事用だから、デザートと紅茶で聴きたいものだ。

フォルテピアノは足の上にあるレバーをひざで押し上げると、ペダルの効果がある。音は控えめでレトロ。華やかさはないが、品がある。「協奏曲にどうか、と思われる方もいらっしゃるでしょうが、何曲かはだいじょうぶです」とのこと。実際演奏が始まってみると、やはり、フォルテピアノの音が負けてしまう。もう少し、四重奏曲の音を抑えなければ全体のバランスが不均衡だと思った。フィドルの方が合うだろう。

それにしても、ホールの暗闇、スポットライトの中ではなく、平成館ラウンジの完全自然光の午後の光、しかも外の青空がかいまみえる演奏会は気持ちよく、宮廷貴族に一瞬成れた気分である。帽子をかぶったままのおじさんや、携帯電話かお財布の鈴がりんりん鳴ったり、子どもがパタパタしているごったがえした空間ではあったが、無料なら仕方ない。

芽を膨らませつつある上野公園の桜を見ながら帰路へ。桃色の彼岸桜の枝の上には何十羽と飛び交うメジロ。人間がたくさん寄ってたかって写真を撮っていても、一心不乱に蜜を吸っている。肌寒い風の中にも春は間近。

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スカラベと金印

上野の国立博物館へテクテク歩いている途中、時間がないと思いつつも右へ緩やかにカーブし、両足は階段を下りていた。

大英博物館 ミイラと古代エジプト展 

来週までか。え? 事前予約?何、本日チケットあります?

まぁ、いいや、と軽い気分でチケットを買う。以前、2ヶ月限定のぐるっとパスを買って結局ぎりぎりもとを取ったくらいで過ぎ去ってしまったので。

それにしても、以前は500円玉でおつりがきたのに、改築して特別展を開くようになってからはぐっとお高くなった。ミュージアムショップはフリーパスだったので、展示は見なくても時より立ち寄っていた。鉱物など質のよい掘り出し物があったのだ。それも今では入場料がないと入れない。

入場すると、シアターを見る人の長蛇の列である。見ない人は中の係りに言ってくださいということだったので、その旨伝えると、

「ご覧にならないと、半分は過ぎてしまうことになりますが・・・」

システムがよく理解できていなかったのだが、とりあえず入場者はシアターでスクリーンを見ながら一通り説明を受けて、それから実際の展示室へはきだされるらしい。シアターの時間を前もって調べてきている人ならいいけれど、行き当たりばったりの人は待たされる。チケットを見たら「混雑状況により万一入場できないときはご了承ください」と書いてあるので、これでは見たい人は「半分」損することになるのではないか。

座れるまで10分、始まるまであと10分。上映時間は30分。そんな余裕はないので、先を急ぐと、今度はシアターの中を通らないと次へ行けないという。真っ暗な中、まるでコンサートに遅れたオーディエンスのように懐中電灯に足元を照らされながら次の間へ出た。

他の美術館や博物館のように独立した開放系のルームで映像を流しっぱなしにするなど、もう少し工夫してもよいのではないかと感じた。これでは何十分待ちかのアトラクションのようである。

展示は古代エジプトの死後の世界観、動物は神の化身、という当然のことながらミイラ関係の題材が多い。器の説明はまあわかる。しかし、香料などは固有名詞さえも明記していない。臓器はいいとしても、その他入っていたものを想像できれば、さらに現実味が増すのに、と思いつつ。そのため、詳しい映像を見てもらうのかもしれないが。

最近は先端テクノロジーにより、ミイラを損壊しなくてもかなりのことがわかるようになってきたという。だから、内部の骨の写真など今までにはない展示方法だったと思う。麻の包帯の上にスカラベがのせてあり、これは文字や絵で見るよりわかりやすい。昔の人は模様や鉱物や絵文字などで魔よけや願いをどうにか通じさせようとしていたのがわかる。

ミイラのこの時代で、殷の前の夏文明よりさらに古いのだから、エジプト文明の悠久さに気が遠くなる。彼らはどうにかして遺体を完全に保とうと四苦八苦した。ミイラ作りにも上中下があるものの。先日のテレビではツタンカーメンの左足の怪我について検分していた。時代は変わったものだ。

さっと科博をあとにして、メインの国立博物館の「悠久の美」に行った。2003年に北京市内の中国歴史博物館と中国革命博物館が統合して生まれた、中国国家博物館の生え抜きの所蔵品だそうだ。歴史博物館は何度が足を運んだが、広くて一度ではまわれない。スポットライトなどなく、その日の天候に左右される自然光。人もほとんどいなくて、ゆったり見ることができた。展覧品も普段着の顔でざっくばらんに並んでいる。

ところが、今回特に感じたことがある。青銅器が磨きこまれているのだ。最近の文化財保護は進んでいるから、いろいろな過程を経ているのであろう。高級古美術である。

今まで見てきたのは緑青や土ホコリもかぶっているような、出土品の履歴を感じさせるものであったが、超およそゆきでピカピカである。なんだかさびしくもあるが、これは使っていたときの生き生きとした一面も見ることができるような気がした。

今回、厳選した61点ということであるが、確かに歴史概説書に白黒で掲載されているものが多い。その筋の人が見れば、スゴイ、というものが来ている。今まで見たことがあるものもあるかもしれないのだが、こう磨かれてスポットライトがあたっていると何割り増しかに見えてしまう。

先史時代から漢代くらいまでの見所は、まずは渦巻き模様であろう。縄文やケルトも髣髴とさせる、ぐるぐる模様は次第に複雑に、時に四角張っていろいろなバリエーションに進化していく。説明書きに神霊の霊気を表しているのか、とあった。羊や牛やトラの体にまで模様があるのは、いろいろ意味があるが、昔の刺青も思い出す。現代アートにまでつながりそうである。

先ほどはミイラの保存科学を見学したが、中国ではまた死後の世界観が違う。金縷玉衣の中は確かに密閉性が高く、数百年は生きたままを保ったと言われているが、2000年はもたなかった。遺体は土に返って、魂は天に上る。古代エジプトとは考え方が違う。始皇帝はこの方法で埋葬されていると考えられている。この金縷玉衣は三国時代魏の曹操によって、禁止された。ずっと禁止されていなかったら、曹操や玄宗皇帝の金縷玉衣にもお目にかかれたかもしれない。

形は漢代までは非常に写実性を追求している。兵馬俑など、モデルに生き写しなのだろう。犀尊はすばらしかった。この質感、重量感、2000年以上の時間など吹っ飛んでしまう。

戦国時代の曽侯乙墓出土の大尊缶(だいそんふ)は想像していたより、ずっと大きかった。高さ124センチ以上。なみなみと酒が入っていたのだろうな。曽侯乙について書いたら長くなる。今も音が鳴る巨大な古代楽器が有名だ。それを奏でていた楽人たちは殉葬されてしまったけど。

そばの白髪のおじいさんが「やっぱり、酒だね~昔から酒は欠かせないんだ!」なんて話していた。

で、どんな酒?なんてその先までは考えないのかも。中に入っていたものの説明には一切触れず。酒の種類の名前は確かに見たこともない漢字ばかりだし、この先書くこともない字だから、ここにもあえて書かないけれど、確かにその時代の酒が入っていたのだ。

やっぱり酒だね~なんて言われても、その時代は3人以上でお酒を飲んだら罰則だし、酒を飲めるのは特別の祭祀のみ。許可制なのだ。

殷の酒池肉林の逸話も思い浮かぶ。日にちがわからなくなるまで飲み続けたという。

発見された酒酵母で一番古いのは殷代。液体としては漢代の酒がつい数年前に発見されている。ビンテージどころではない。

出土品中心の展覧会で面白いな、と思うのはそれぞれの人がそれぞれの関心事で見ているということだ。その日は高齢者の方のご夫婦が多かった。大部分がなんとなく、興味があるから、と新鮮な驚きがあって、その素朴な感嘆の声がこちらも新鮮に聞こえたりする。

古美術関係の人も多いと思う。目が目利きなのだ。なめるように見回している。ただ、古美術店に行って一番困るのは出土地と出土年代がわからないこと。わかっていたらそこにない。最近は盗掘品が増えている。形によって時代はある程度特定できるものの、保証はない。この分野では、時代や時代背景より、色、形、状態の方が興味があるのだ。

歴史系の専門家は特別枠だったり、あるいは生徒やカルチャースクールの方と時間外に訪れる方もあるだろう。

漢代以降は、陶器などはデザイン性が高くなり、小型化し、金銀細工は非常に技術的になっていくる。祭祀とは離れ、貴族などの嗜好品の一種、美術品化していく。

雲南省の祭祀場面貯貝器(前漢)は圧巻であった。子安貝などを入れる円筒形の青銅器で、32センチほどの円形のフタの上に、なんと合計129人のミニチュアの人間と動物が乗っているのだ。3Dの祭祀場面であり、まあよくもここまでぎっしり作ったものである。ガヤガヤとざわめきが聞こえてきそうだった。ここの王は戦国楚の出身だから、どこかしらにその文化が残っているかもしれない。

そうそう、この国王が漢王朝から授かった金印(上に蛇がとぐろを巻いている)が、かの有名な倭の奴国の王に授けた金印(福岡市博物館蔵)とそっくりなのである。駱駝や亀を基本とする漢代からすれば、この二つの僻地の国王に送った金印の共通性に何かのなぞが隠れているらしい。後漢と倭の関係は詳しくわからないだけに興味深い。戦国時代に滅びた国の言葉が日本で生き伸びていることも確かにある。

金印については小学校でも教えるけれど、「もらった」「ふーん」「金だ」で終わってませんか。

これは、中国の内陸の洛陽まではるばる朝貢に行って授かっているのだ。日本で授かったのではない。

鑑真の時代でさえ、日本へ来ることはあんなに大変だったのに、それより700年前に、日本のクニは争うように後漢の後ろ盾を得ようと、大陸へ渡っているのだ。もっとも鑑真の時代は制度の都合により、海流に逆らう時期にわざわざ出航しているのが問題だが。

つらつら時代背景や出土品の使い方を考えたり、あれとこれは共通点があるよね、新たな発見があったり、充実した時間を過ごせた。過去とはいえ、そこから得る智慧は計り知れない。史実の他にもあの完成度の高い出土品に出会って、インスピレーションを得るクリエイターがいるかもしれない。でも、人の歴史とは変化があった面も退化した面もあるし、全然変わっていない面もあるのが面白い。

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