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獣食とマタギと不食とジビエ(2)

公の肉食禁忌は明治以前であるが、その風習は太平洋戦争後も地方では残っていた。「あの家は豚を、あの家は兎を食べている」と各家ではよく知っており、「でもうちは食べない。なぜなら、飼っているとかわいそうになるから」。魚を食べる地方の人は、東京に出てきてから肉食の習慣ができた人も少なくないという。

ここで記しておきたいのは、神道の世界が必ずしも肉がタブーではないことである。幣帛として、鳥獣を供えることがあり、鹿や猪は俎上にのる。

一方、『日本書紀』や『古事記』より以前に書かれたとされる、古史古伝『秀真伝(ほつまつたえ)』には、肉食をしたときには穢れを浄化するために大根やカブを何日間食べる必要がある、と記している。『秀真伝』は正史とみなさていないが、年代的に考えると肉食禁忌の思想は仏教伝来よりもはるか昔なのかもしれない。

霊能者や精神世界の人たちは、肉食をすると「魂が重くなる」と説明する人もいる。ベジタリアンは言うまでもなく野菜食であるが、アカシックレコード解読のアメリカ人、ゲリー・ボーネル氏は野菜でも土の中の大根やにんじんなどの根菜類は食べないという。これはある特殊な目的によるらしい。

それどころか、最近では不食が話題になっている。人によっては水とサプリメント、小食、とスタイルは異なる。昔、とあるエリート高校の文化祭で、未来をテーマにした劇を上演していた。未来人は数粒の錠剤だけで生きている、という話。演じていた男子生徒が立ちながら一錠を飲む姿が目の裏に焼きついている。時間は節約できるし、食糧問題解決にもなるだろうし・・・でも文字通り味気ないかな、と感じたことを思い出す。食はコミュニケーション、愛という考え方もあるし、人と食との関係は?もっと踏み込んで考えると、そもそも人はどんなエネルギーによって生かされているのか?深いテーマに展開していきそうである。

ここで獣食に立ち戻る。獣食というと、ジビエを思い出す。フランス料理のgibierのことで、狩猟による鳥獣肉料理を指す。鴨、雷鳥、山鳩、キジなどの鳥類と鹿、猪、兎などの獣類が素材で、狩猟の季節のメニューである。いつか、東京でも有数のフランス料理店で鹿肉のジビエが出たことがあるが、今までの鹿肉のイメージを完全に覆すものだった。ある平家部落の歴史を持つ温泉宿で出てきた鹿肉は冷凍の薄切り。食べ慣れないせいもあるし、かわいそうな気持ちもあって味はほとんど感じなかったが、そのコース料理のジビエは軟らかくコクがあった。

狩猟民族の命をつないでいた肉食が、現代ではジビエとして、料理人の経験、智慧を重ねて、高級料理に変じている。グルメという言葉に転じている。

中国料理には肉が入っているものの、その量に応じてとるべき野菜の量も決まっている。医食同源の長く続いてきた智慧が込められているのだ。一方、日本では戦後、肉の摂取量が増え、その他の食生活の変化によって、疾病の形態も変化してきている。日本人にとって、文明開化から始まった牛肉の摂取。その歴史はまだまだ浅い。

獣食とマタギと不食とジビエ。『イオマンテ』という絵本から、命、風習、食、健康、魂と肉食の関係、生命エネルギーのもとは?とテーマは展開していってキリがない。

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