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アイヌの儀式『イオマンテ』

『イオマンテーめぐるいのちの命の贈り物ー』という絵本が北海道から届いた。企画・発行は「十勝場所と環境ラボラトリー」。「21世紀に対応したライフスタイルを十勝から世界に発信することで、地球環境に貢献しよう」という目的で活動してきた団体である。寮美千子さん文、小林敏也さん画で、5年の歳月をかけ、アイヌの人々ーフチ(おばあさん)やエカシ(おじいさん)ーから直接話を聞いて作り上げた作品だという。詩情豊かでいきいきとした文章、スクラッチという手法が、よりアイヌの生活、儀式を鮮やかに映し出している絵。本棚に凛とした絵本が加わった。

アイヌには文字がない。だが、すばらしい数々の口伝の話やウポポ(座り歌)、リムセ(踊り歌)が伝承されている。この絵本ではイオマンテの儀式の文字化が実現し、私たちの手元にも届くことになったわけだ。発行元としてはアイヌの人々の自然と調和した生き方に学びたい。そして、絵本を通して子供から大人までたくさんの人々に伝えたい、そんな思いから、製作にあたったそうだ。

物語は真っ白な雪の世界が、真っ赤な鮮血で染まるところから始まる。

生まれたばかりの子熊に乳を飲ませていた母熊は、人間の放った矢によって「どう、」と倒れ命を奪われてしまう。母熊をしとめてきた人間のとうさんは、「山の神様からのいただきものだ」とたっぷりの肉とりっぱな毛皮をかついできた。その夜、コタンの家々では熊の煮込みをたらふく食べ、人々は体の心までほっかり暖まった。

熊をしとめた家の男の子には新しい友達、いや、妹ができた。あの母熊の一粒種の子熊である。かあさんは自分のおっぱいを子熊にも含ませて家族同様にそれはそれは大切に育てた。男の子と子熊は遊ぶのも寝るのもいつも一緒。かけっこ、木登り、すもう、魚とり、二人は一緒に成長していった。

子熊がだいぶ大きくなったある日、熊を送る儀式「イオマンテ」が行われることになる。送るとはカムイの国へ送ること、「死」を意味する。

儀式の用意で村はてんてこまいで心が浮き立つよう、その一方で子熊との別れを思うとつらく悲しい。男の子はその日が来るのが怖かった・・・・・・。

作者の寮美千子さんはいつくしみ育てた子熊を殺し、なぜおいしく食べられるのか不思議でならなかったそうだ。しかし、アイヌの古老から、苦しくて悲しくてならなかったことを聞き、また、矢を放ちしとめ矢を放つときに女の人が泣いている場面の記録があることを知り、ホッとしたという。

人間たちはその儀式の過程で、自らの家族同様の存在を失うという深い悲しみ、辛さを体験することになる。そこで改めて「命をいただく」というありがたさ、重みをかみ締めるのだろう。痛みを知ってこそ、気づきが深まる。子熊の兄であった男の子はこの通過儀礼ともいうべき強烈な体験を乗り越えて、命の尊さがわかるりっぱな狩人になり、そしてこの体験を子供たちに伝えていく。

儀式「イオマンテ」。「すべてはめぐるいのちのめぐみ」。自然に感謝することを忘れないというアイヌの人々の繋げてきた深い智慧。

この話を口伝された一人、フチの安東ウメ子さんが2004年7月15日に71歳で亡くなった。ちょうど1年前、新聞で知った私の心にふっとさびしい風が吹き抜けた。舞台の上のウメ子さんは深い懐の暖かい方だった。ウポポとこの話も残して下さった。この絵本、朗読すると何度も胸がつまったり、熱くなる。読んでみたい方はぜひ、以下のホームページにアクセスしてみてください。http://www.kankyo-lab.com/

最後に、前回の「モミの木」で採り上げた、フィンランドのボチャークの人々の熊祭りの儀式を記しておこう。フィンランド人たちは,熊を殺すと祭を行い、熊の頭蓋骨に酒をついで飲み、今後も獲物がたくさんとれるように熊のうなり声をまねるという。熊の頭蓋骨に酒をつぐのは命の再生という意味もあるらしい。ここで思い出すのは織田信長が敵の大将のドクロに酒をついで飲み干した、という逸話だ。イオマンテでも子熊の首を祭る。この話は古から続いていた首狩の習俗へも続いていきそうである。

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