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倍音トンコリ(1)

樺太アイヌに継承されてきた唯一の弦楽器、トンコリの生演奏を聴いたのは、2001年の「東京サルタヒコ祭」がおそらく初めてだと思う。それまでアイヌの音楽といえば、阿寒湖でおみやげに買ったムックリと札幌の友達に教えてもらって一生懸命覚えた「ピリカ」くらいしかなじみがなかった。

私は北海道在住ではないが、小学校の頃から文学の方面で北海道の人々と交流があった。アイヌに関して知識を持ったのは、石森延男先生の著書『コタンの口笛』がきっかけである。その内容には子供ながらいろいろ考えてしまったことを覚えている。そんな経緯からなんとなくアイヌが気になっていた。

初めて北海道を訪れた1970年代はアイヌ関係のお土産が目に付いたが、訪れるたびにその色は薄くなってきているように感じた。テレビドラマ『北の国から』の影響で富良野のイメージやスキー関連、新進の作家の作品がおしゃれに店頭を飾っている。確かに多様化はされてきているのだろう。

開拓の歴史を持つ北海道は、多方面からの移住者から成り、様々な文化が織り交ざっている。その歴史はまだ短いがゆえに、子供が道外へ出て行くなら親自身も出ていい、という考えがあるらしい。第一次産業に依存度が高い現状ではあるが、地域活性化の鍵はさらに一歩進んだ歴史・民俗も踏まえての「総合的北海道らしさ」なのではないかと最近つくづく思う。

沖縄ではリゾート地というイメージにプラスして地方色豊かな文化が広く浸透してきている。ソーキソバ、ラフテー、トウフヨウ、泡盛などの身近に受け入れやすい食文化や喜納昌吉さんの「すべての人の心に花を」や夏川りみさんの「涙そうそう」などの音楽、そう、音楽による伝達のパワーは大きいのである。

沖縄の人々と北海道の先住民アイヌを同じ土俵で比較するのはなかなか難しい問題を孕んでいるのだが、ここでは音楽の方面から記してみたい。

話はトンコリに戻る。休憩時間にCDのモノクロの歌詞カードにキュッキュッと赤いマジックでトンコリの絵を描いて下さったのは、トンコリ奏者OKIさん本人であった。「海外の方が受け入れてくれやすいし、通じるんだよね。」明るい口調のOKIさんは長いまつげをパタパタとさせながらトンコリの話をしてくれた。

後日知ったことだが、OKIさんは神奈川生まれ、アイヌの血はハーフ、東京藝術大学を卒業後、彫刻家を目指していたが、その後ニューヨークで映像撮影に係わっていた。トンコリは親戚から譲り受けたのが最初で、自己流で演奏していたところへアイヌのエカシ、葛野辰次郎氏と出会い、アイヌの哲学も継承されたという。

ロック世代の東儀秀樹さんと同様、OKIさんも現代の文化、世界の文化に触れてから自らのルーツに再び出会って、その世界をさらに広げている。どうも世の中はそのようにつながっていくらしい。他の世界を見せられてから、本来のミッションにたどり着くという、一見遠回りに見えることが肥やしになっているのだ。(倍音トンコリ(2)につづく)

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