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幣立神宮と吉見神宮

熊本空港からバスに乗り換え、雄大な阿蘇路を経て、緑深い蘇陽町へ。人里離れた森にひっそりと建つ、その洒落たホテルは午後の上品な日差しとお抹茶で私を歓迎してくれた。

1995年8月23日、幣立神宮の5年に一度の五色神祭が開かれた。幣立神宮自体、日本最古の神社で高天原、神々が降臨された場所、世界の人種が集う場所、と伝説されている。モーゼが水の珠を携えてやってきた、そばの矢部という地名はヤーヴェと関係ある、という説もある。私はその祭りに関わっている人に紹介されて訪れることになった。開かれる、と書いたがそういえば、「ヘイタテ」とはホピ語で「扉が開く」という意味だそうだ。

翌日の天気はくもり。方々からやってきた老若男女の参列者は、開会式の時間まで思い思いに境内を散策している。樹齢の古い杉が木陰をつくり、足元には太い根がはりめぐり、少し下方にある井戸は枯れていた。変わった衣装で奇声をあげている人、人の前で土下座をしている人、奇妙な風景も繰り広げられていた。

最近の祭りでは椅子が用意されていたと聞いたが、当時はおのおの敷石の上にしゃがんだり、体育座りをして開会式を待った。雲がずっと厚く垂れ込めていたのだが、始まる寸前に、境内の真上だけぽかっと青空がのぞいた。まあ、そんなものだろう。会場にはちょっとした歓声があがった。

一連の儀式が終わった後、五色神面を公開してくれることになった。その要望が相当あったそうである。五色は、黄、白、黒、赤、青。それぞれの人種を表していると言われ、白はモーゼで一番よくできているという。相当古いと聞くが年代測定はしているのだろうか?青を見せて頂いたときに人種をお尋ねすると、これは「中国の南方のクーニャン」という言葉が返ってきて、はてな印になってしまった。顔の造作からすれば、鄧小平に似ていないでもない、ということは客家か、でも、青いかな?などと瞬時に考えた覚えがある。今ではインディゴチルドレンも連想するが、現在はどう認識されているのか情報を持っていない。

帰りの方法をめいめい、ツアーガイドらしき人を捕まえて聞き、三々五々に神宮を後にしていった。私は高千穂方面に行こうとバスに乗った。過ぎ行く待合所がなかなかいい風情である、と思いつつ乗っているうちに、どうも方角が違うことに気づいた。これはまずい、といくつか先のバス停で降りたのだが、反対側のバス停がどうしても見つからない。だいたいどこなのかもまったくわからない。しかたなくとぼとぼ探していると、タクシー会社にたどりついた。ラッキー。やっと運転手さんらしき人を探して、事情を説明すると、「それでは私が連れて行ってあげましょう」というこになった。

まさに助け船ならず、助けタクシーである。幣立神宮のお祭りに来たことを話すと、その運転手さんは宮司さんご夫妻と縁の深い方ということがわかった。これには驚いた。いろいろ話してくれたのだが、地元の人は幣立神宮のために多くの人がやってきて面食らっていることを教えてくれた。静かな町へ突然移り住んできた人もいる。自分たちのささやかな、古くからの鎮守様がどうして…という感である。

九州の人でも知らない人が多いといわれる幣立神宮は、一気に全国的に有名になったらしい。恐らく、ニューエージ系、古神道系、または古代史系の雑誌等で紹介されたことによるのだろう。地元の戸惑いにも関わらず、10年たった今では精神世界系の総本山とも呼ばれている。個人で、団体でヒーリングツアーなどを組み、祭以外での参拝者も多い。

その筋では「行ってきました。」「そうですか、いいですね!私もぜひ一度行ってみたいと思っているんですよ。」という会話が繰り返される。私も何人かに聞かれ、情報を提供した。境内の掃除のために行く人、計画してもなかなか行けない人、まったく知らなかったにも関わらず、気がついたら参拝していた人、など種々のタイプがいる。

運転手さんと話しているうちに、高森の草部吉見神宮へ到着した。この神社は神武天皇の三男である彦八井耳命の子、国龍命を祀っている。祭より一足先に幣立神宮を訪れていた歌手のミネハハさんに「ぜひ行ってみてね」と勧められていたので、リクエストしたのである。幣立が陽、オモテなら、吉見は陰、ウラというように実は対になっているらしい。確かに行ってみるとその雰囲気がわかる。

さきほどまでの喧騒とはうらはらに到着したとき、参拝者は一人もいなかった。広い境内に私一人。対と知る人は少ないのであろう。

運転手さんは「どうぞゆっくりしてください。1時間でもだいじょうぶですよ。その間、タクシーのメーターを止めておきますからね。」運転手さんがここへ連れてきてくれたナイトに見えたものである。

すばらしく堂々とした杉の前に立つとほっとした。泉からこんこんと清水が涌き、バックミュージックはセミ時雨。ミネハハさんに言われたとおり泉のそばのベンチで少しの時間、瞑想をしたら、わさわさしていた気がすーっと落ち着いて、旅の疲れが軽減したかのようでもあった。運転手さんはゆったり外で待っていてくださり、その後、高千穂まで送ってくれた。

バスを乗り間違えたことによって、タクシーの運転手さんが現れ、蘇陽の人々の話を聞くことができ、また、吉見神宮へ楽に連れて行ってもらうことができたわけだ。不思議な体験である。間違えたら間違えたで、その先を楽しむのがいい。

そういえば、高千穂でも出会いがあった。夜、天岩戸開きの神楽で一緒だった女性と意気投合し、部屋に帰っても深夜までおしゃべり、翌日は一緒に宮崎まで帰ることになり、荷物を持ってもらったり、と背の高い女性のナイトだった。こんな出会いも旅の醍醐味である。

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