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ノクターン 変ニ長調 作品27第2

1週間に1度、NHKスーパーピアノレッスンの時間がやってきた。モーツァルトの時から続けて見ており、現在はショパン。講師はヒデとロザンナのロザンナ似の(でも男性の)ジャン・マルク・ルイサダ先生。

今回はノクターン 変ニ長調 作品27第2であった。ショパンがこの曲を作曲したのは1835年、パリにて。久しぶりにポーランドの両親とも待ち合わせの場所で再会が果たせ、さらにマリア・ヴォンジンスカと恋に落ちていた頃である。「このノクターンは情熱的な感動を秘めながら、控えめな優雅さにあふれている」とテキストには記されている。事情を知らないうちにその曲を聴いても「優雅な満たされた気分」に浸れるのだから、やはり曲全体にショパンの思い入れが詰まっているのであろう。曲が作られたときの、作曲者の心境、背景を知ることは演奏する上で非常に大きいことが、年を経てからやっとわかってきた。昔はひたすら楽譜通りで精一杯だったな。

1836年、ショパンはマリアと婚約までこぎつけたものの、マリアの母親からの条件を果たせずに、婚約破棄に至ってしまった。夜11時迄に就寝すること、芳香のシロップを飲むこと、毛糸の靴下とスリッパを履くことなど4条。これらを守れなかった彼は、夜会での演奏などで体をこわしてしまったのである。ノクターンは早朝にはかけないだろうけど。

マリアの最後の手紙。

「美しい音楽帖のお礼を申し上げたくてペンを取りました。(中略)さようなら、私たちのことを忘れないでください。」

漫画で表現すれば、手紙を読んだショパンのバックはよっぽど悲惨に描かれることだろう。ところが、人生奇なるもの、この悲恋に打ちひしがれた彼へ猛烈アタックしたのが、ジョルジュ・サンドであったのだ。

心の中はマリアのことだけ。なかなかサンドのノアンへの館への招待を受ける気分になれなかったショパン・・・・。

その頃作られたのが、「スケルツォ 第2番 変ロ短調 作品31」

ルイサダ先生が、ここの、この音は「悲痛さを出すんだ!」とアドバイスされていたので、たっぷりショパンの感情にひたって弾くことにした。自分で弾いていながら、胸に響いてしまうのである。170年たっても、ショパンのメッセージは生きている。最近、体を折り曲げて、自分にひたりきって弾くピアニストも多いけれど、ルイサダ先生はきっぱりこう言う。「それでは、音が聞き取れませんよ!」「勝手にアレンジしてはいけません」

作曲家のオリジナル性、シンプルさを大切にするルイサダ先生の講義はとても勉強になる。この番組を見てから、自分の演奏法が変わったように思える。

「最後は間違えても自信をもってポーズをとればだいじょうぶ。拍手にかき消されてしまいますからね!!」なんて、おちゃめな先生なのである。

ポップスの寿命は長いものはまだ少ないし、聴き古されるものもある。これはその曲から得るものを吸い取ってしまったから。古典がいまだに聴ききつがれ、弾き続けられているのは、得るものがあるからである。作曲家と同じ境遇でないにせよ、それらの曲には聴く者の感情を打ち振るわせる、なにかの共通語があるからではなかろうか。




ジャン・マルク・ルイサダ氏の演奏。上記のノクターンは入っていませんが、スケルツォ2番が入っています。ショパンの心情を再現した演奏はすばらしい。大の映画好きで知られる、ルイサダ氏の演奏は表現力も豊か。ショパンの演奏姿さえ浮かんでくるようです。演奏後、オーディオに向かって思わず拍手を送りたくなります。









ショパン国際コンクールで、ブーニン以来15年ぶりの第一位を獲得した、ユンディー・リーの演奏をぜひ体験してください。優勝のときはこちらもとても感動しました。練習の厳しさはすごい。(ロシアの彼もよかったのですが)。彼の場合、表情も合わせて見たい。DVDのほうが迫力が伝わるでしょうが。

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