« ターシャ・テューダーの輝きの季節 | トップページ | ルビーのパッション »

智慧の神様・思金命

今昔智慧Seek50回記念には智慧の神様に登場して頂こう。

智慧の神様といえば、あの天の石屋戸神話で天照大神を外に引き出す智慧を搾り出した、

  思金命(おもいかねのみこと、思金神)

高御産巣日神の子で高天原一の智慧袋の神。天照大神の参謀でもある。

八百万の神々が天の安の河原に集まって相談した、石屋戸脱出の作戦とは・・・

長鳴鳥を集めて鳴かせ、天の香山から根つきの榊を掘り取り、その上の枝に勾玉の飾りをつけ、中ほどの枝にやたの鏡をかけ、下の枝に白と青の幣を取り付けた。

天児屋命が荘厳な祝詞を唱え、天宇受売命が天の香山の笹の枝を持ち、天の石屋戸の前で、桶を伏せた上で踊りだした。ほとんど全裸に近い状態である。

八百万の神が楽しそうに笑っているところを、天照大神が石屋戸をほんの少し開けて得て、質問をされる。もっと尊い神様が現れた、と鏡を差し出す、身を乗り出した神の手を天手力男神がひっぱりだした、という神話。

あらためて読んでみると、用意周到な作戦である。音、勾玉、植物、幣帛、色彩、笹、楽しいイベント、舞、笑い声、興味を持たせる言葉、鏡(か・みの間に、が=我があり)、そして強い力。

この事件後、須佐之男命は多くの貢物を出して罪を償い、ひげと手足の爪を切られ(抜かれ)高天原を追放された。余談だが、このひげと手足の爪を切るという行為は古代ペルシア社会での刑罰と似ている、須佐之男命の衣装はその時代の衣装にそっくり、と読んだことがある。スサノオのスサはアケメネス朝ペルシアのスサに由来しているとか。神話となっているが、史実であると考えればどの時代なのだろうか。

思金命はニニギノ命のお目付け役でもある。コノハナサクヤ姫がニニギノ命に疑われたとき、一番気をもんだのは思金命であろう。

今年の春、さきたま古墳の火祭り見物にでかけた。神話のクライマックスはコノハナサクヤ姫が小屋に火をつけて炎上させる。実際には地元で選ばれたニニギノ命役の少年とコノハナサクヤ姫役の少女が共に外から火をつけるのだが。

あんなに美しい色の炎を見たことがない。純粋な藁だけを燃やすとはこんな色になるんだなぁ。星が瞬き始めた夜空を焦がす巨大な、けれど、清廉な炎だった。

アケメネス朝ペルシアのスサの話が出たついでに、拝火教、ゾロアスター教も思い出してしまう。インドのプージャも日本の護摩も炎がつきもの。今風では『ハウルの動く城』のカルシファーである。

燃やす前、希望者は大国主命のようなかつらをかぶり白い装束を着て、大きな松明を持って練り歩くことができる。おじさんたちもぼよんぼよんになっているかつらをかぶっているのである。想像していただきたい。暗くなり、大音響のバックミュージックがかかれば、ムードは盛り上がった。

無事成功を祈る実行委員長は、思金命役になりきってもいいかもしれない。

ところで、長野県伊那郡阿智村智里に阿智神社がある。川が潤う昼神温泉で散策しているとき、偶然みつけて参拝した次第である。

ご祭神は天八意思兼命(あめのやごころおもいかねのみこと)と天表春命(あめのうわはるのみこと)。

あの、天の石屋戸の~と思い出した。智慧の神様、また、お名前からものさしの神様でもあるらしい。阿智村は文字通り、智の里である

帰り、鳥居のそばで白い蝶が子供の手に止まった。しばらく歩いても飛ばないので、手が甘いのか、どうやら宿までついてくるらしい。

15分くらい歩いて、ついに宿の部屋までついてきた。どうしても飛ばないので、旅館のバルコニーから飛んでもらった。思金命の神使いだったのかもしれないな。

その夜、昼神の伝承劇を見た後、フィナーレには花火が上がった。真上に上がる大きな炎の花は本当に村里の人々と旅人のためのプライベートな宴であった。阿智村は奥深い自然の素朴さと華やかな宿がうまく調和し、智慧の神様が鎮座されている心温まる村である。

これは今昔智慧Seekを始める前の旅。智慧袋の思金命さま、このサイトのご祭神になって頂けませんか?

|

« ターシャ・テューダーの輝きの季節 | トップページ | ルビーのパッション »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 智慧の神様・思金命:

« ターシャ・テューダーの輝きの季節 | トップページ | ルビーのパッション »