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長ネギざんまい

お正月は寒くて仕方がなかったのに、近頃からだが温かい。気温はそんなに変わらない。そして気持ちよく眠い。

     その要因は、最近始めた長ネギざんまい

新聞で、多摩動物園のチンパンジーがナマの長ネギを右手でつかんで丸かじり、左手に持った長ネギを小さな子供にもかじらせているのを見たのが、そのきっかけである。

チンパンジーも人間と同じように風邪をひくが、昨年からきんかんのはちみつ漬けの他に、長ネギをプラスしたところ、今のところ誰も風邪をひかないというのだ。

料理の脇役が多い長ネギだが、立派に主役になれる素質を十分に持っている。

手始めはシンプルに長ネギを3,4センチほどに切って、黒ごま油で炒めて仕上げに醤油をかける。これなら結構量が食べられるし、甘みが出る。普通の白ゴマ油で塩をまぶしてもおいしい。

これはマニヤックな方法だが、『医心方』の中に、鑑真が長ネギを酢で煮ると、確か神経によい、というようなことが書いてあったのを思い出して試してみた。家中酢の匂いが立ち込める。これだけで風邪予防である。味は刺激的。

熱を加えたほうが甘みが出るのだが、薬効はナマのほうが期待できるという。

ラーメンの他の具の上に大量の薄くスライスした長ネギをまぶしたものを食した後、猛烈な睡魔に襲われた。ネギラーメンを食べたら、午後はたっぷり眠くなるということ。

お気に入りのリンデンとカモミールブレンドのハーブティーも気が遠くなって眠くなるが、この長ネギはもっとパワフルであった。

長ネギの薬効は、消炎、解熱、発汗、不眠解消、疲労回復、ビタミンB1の吸収を高める、健胃、整腸、頭痛、冷え性、下半身のむくみ、膀胱炎改善、利尿、など。

原産地の中国では紀元前から栽培され、薬用植物して珍重されていた。

長ネギの匂いはにんにくと同じアリシン(硫化アリル)という揮発性の成分で、これこそ効能を引き出す成分だそうだ。

薬膳としての使い方の他にも、沢山の使用法がある。

風邪で鼻がつまってどうしようもない時、鼻の長さに合わせて縦割りした切り口の方を鼻に当てると、そのうちすっと鼻が通ってくる。

夜も眠れないほどのどが痛い時、蒸したタオルの上に長ネギをそのままの長さで剥いて、ヌルヌルする方を直接のどに当てて、ぐるっと首をくるむ「ネギ湿布」。すごい匂いだが、これは本当に効いた。咳止めにもなる。軽く火であぶる方法もあるという。

その他、耳の炎症、タコ、マメ、やけどなどに使用する伝承もある。

「冬には白いものを食べなさい」という民間医の言葉を教えてもらったことがある。

だいこん、かぶ、ネギ・・・・

昔から伝わる智慧である。

風邪をひいてから薬に頼るより、身近な智慧を使ってぜひ予防したいものだ。

そして、深谷ネギ、下仁田ネギも美味だけれど、せっかくなら「身土不二」、近くでとれた長ネギも食したい。

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秋山郷・とねんぼ

記録的な豪雪で、秋山郷周辺が孤立してしまったニュースは全国をかけめぐった。

もともと、秋山郷は日本一の豪雪地帯と言われており、昭和20年2月12日に785cmの積雪の記録がある。

1月11日から自衛隊員が現地入りし、雪下ろしが必要な5軒がのうち2軒が終わり、12日は残る3軒の作業中ということである。

200軒に満たない世帯で、村民は500人ほど。高齢の方も多いと聞く。一刻も早く安全な状態になるよう、お祈りしています。

以前、このブログで掲載した温泉たまごをおいしく頂いたところは実は秋山郷なのです。

長野県からの帰り、小腹をすかせて到着したものの、食堂が開いておらず、やっとありつけた食料であった。

水が流れれば大滝になりそうな垂直の深い山々に囲まれた秘境。日本三大秘境に数える説もある。訪れた中でも印象的な場所だ。

秋山郷は、信越国境にまたがる中津川渓谷沿いに点在する13の集落の総称である。行政的には、長野県栄村新潟県津南町に分かれるが、文化的、社会的には一つの地域を形成している。

その起源は、平家の落人伝説をもつ中世の隠田百姓村であり、高倉山、小松原、矢櫃など、平家ゆかりの地名もみられる。一方秋田マタギが秋山郷にやってきて定着し、狩猟法を伝播している。「平家谷」のムラである秋山郷には、生業、衣食住、言語、民族芸能、宗教などの分野において、伝統的な地域文化が豊かに形成されてきた。」(秋山郷総合センター とねんぼ で頂いた、信州秋山郷民俗資料室ガイドより抜粋)

上記の資料室ガイドから一部要約して、秋山郷を少々紹介してみたい。

農業では焼畑(苅野)を梅雨明けの夏の小乾季に火入れをし、降雨があり次第、そば、だいこん、かぶなどを栽培する。二年目にはアワ~大豆、あるいはエゴマ~アワ~大豆~アワの順に作付けし、最後にソバ、エゴマ、キビなどを作って捨て、山林に還元する。焼畑を苅野というのは東北地方と共通しており、秋山郷の農耕文化は東北の山村型である。ちなみに、昭和30年頃の焼畑で働く婦人は素足。雑草の種が入るのを防ぐためである。

アワ、キビなどの種物は、ヒョウタンやユウガオで作った「種入れ」に入れて大切に貯蔵されていた。この方法は一度試してみたい。中身のあるインテリアになりそうである。

手打ちそばは「晴れの食」だが、秋山郷では小麦が作れないので、そばのつなぎにはオヤマボクチ(アザミ科の植物)の葉の繊維と布海苔を用いている。太いそば切りと芽粉を多く使った黒いそばは、秋山郷の特色だそうだ。

アンボ→直径8センチもある饅頭のこと。アワ、ヒエ、キビ、屑米、シコクビエ、ソバ、栃の実などの粉を練り、野菜や山菜の味噌和えを餡にして包み、ふかしたもの。おやきに似ている。

チャナコ→焼餅のこと。アンボ同様に粉をこねて茶碗大にまるめ、これを落としの上で乾かし、さらに囲炉裏の灰の中で焼いたもの。

アンボとチャナコを主として朝食に食べられ、携帯食にも利用された。

いつぞや、JRのどこかの駅で、秋山郷の出店が出ていてびっくりした。時間がなかったので立ち寄れなくて残念。そういえば、温泉卵を食べた後、立ち寄ったお店で食べたそばは何からできていたのだろうか。窓の外のあまりに絶景な山ばかり覚えている。

夜の明かりは主として松明が使われ、これは赤松の根を掘って用いた。高級な灯火にはエゴマが使われたが、食用油として貴重なため、あまり利用されなかった。

江戸時代、繊維は山野に自生する苧麻を用いて縮を織った。野生の苧麻にはエラソ、赤麻(赤苧とも書く、別名ウロ)、青麻(青苧とも書く、別名山麻’やまそ’)の三種類があった。栽培種には青麻を改良したカラムシが作られていた。また明治時代になると、大麻も栽培されるようになった。

福島県昭和村のからむしを思い出す。昭和村のからむしは新潟県の小千谷縮となり、そして、秋山郷にも伝わったのかもしれない。大麻栽培が始まったのは意外に遅いと思った。

ねこ→稲藁で編んだマット。板の上に敷いて保温力を高めた。江戸時代、信州秋山郷では稲作が行われていないので、スゲやガマなどでねこが編まれた。現在は、ねこつぐらとして、同地の特産品になっている。子猫には大のお気に入りになるそうである。

秘境・秋山郷の特産品「ねこつぐら(ネコツグラ)」(大)

次は秋山マタギについて。

マタギの歴史を知らなくても、秋山郷の山を見れば見えないマタギが見えてくるようだった。例のそば屋から見えた風景はまるで飛行機の上から見下ろすような臨場感があった。窓の下は目もくらむ断崖絶壁。

秋山郷の猟師は、秋田からやって来て定住したマタギの五世だという。マタギは日光派修験道の信仰を持ち、親方の指揮に従って、組織的に行動する。

秋山マタギの仲間の中でしか通用しない山言葉は500にも達するといわれている。

特に「」はタブー。だから、「5個ならできるけど・・・・」だったのだ。そのときは単に縁起かつぎだととっさに理解したのだが、よく考えてみれば、マタギの歴史がある秋山郷では特にいけない言葉を発してしまったのである。山でなくても里でも同じなのだろう。

湯西川の平家の里でもいまだに鯉のぼりをあげない、という風習を守っている。平家の後裔やマタギの歴史が残る地方では、昔からの伝承をとりわけ大切にしているらしい。

秋山郷は民間医療のメッカだそうだ。黄蓮(胃腸・切り傷・できもの・肺結核の治療によいとされている)、オウバク(咳止め)、オニク(下痢止め)、ゲンノショウコ、どくだみ。

燻製した蛇の粉末は心臓病と胃腸に効果があり、熊の肝(秋山郷ではツキノワグマ)の肝は万病に効く特効薬で、潰瘍、切り傷の回復が早くなる。猟師の減少、乾燥法の難しさ、需要の増加などにより、高騰するばかりである。身近なところでは、六神丸に入っている。

以前訪れた秋山郷をひもといてみると、このブログで掲載した、数に対する話、マタギからむし大麻平家の里松明、などが偶然にも集約されたようだ。それだけ、今昔の智慧が伝承されてきている里ということだろう。

さて、タイトルの「とねんぼ」とは?

物と物とがひとつにとけあい、ねばりつく姿を表現したこの地方の方言。

秋山郷総合センターとしては、「この意から、大勢の人達がここに集まってくれる事をねがっています」とのこと。

まさにワンネスの思想ではないか。テレビで秋山郷を初めて知った方も多いことと思う。

そして、なんて、雪深い里だこと、と。春がやってきたら、あの大自然に会いに訪れる人が増えるかもしれない。

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ピアノの便り

ピアノの先生からいつもと雰囲気の異なる手紙が届いた。

ずいぶん長いことお会いしていないので、いつもはあっさりとした内容なのだが、今年はびっしりと細かい字で埋め尽くされていた。

冒頭では私がショパンのエチュード級、スケルツォを弾いているのを喜んで下さっている。ピアノのコアに達した、ということらしいが、

小学校のときから成績もピアノもずっと比較され続けた同い年の男子A君は、確か中学校1年生あたりでスケルツォ2番を堂々とかっこよく弾いていた・・・・すごいのは練習の段階ではミスが多いが、発表会になると完璧になることだった。本番に強いタイプっているのだ。そういえば、幻想即興曲で指がはずれたら、と当日、具合が悪くなって休んでしまった子もいたなー。

彼はその後、東京芸大を受けるか東大を受けるか、と言われていたがその後の消息はとんとわからない。今頃どうしているだろうか。

そんなわけで、あの子が弾く曲は自分にはムリだ、と自分で制限を作ってしまったらしい。大きな象の小さな杭というかなんと言うか。

先生の筆は昨年のパリ・コンセルバトワール、ルイサダ先生のレッスン風景の絶賛に及ぶ。

生徒のレベルもコンクール入賞級なのに、適格な指摘で大変驚かれたとのこと、さらにご自分のことを恥ずかしい、と書かれている。先生の目から見てもすばらしいレッスンだったのである。

私もあの番組の影響で、昔封印されていたA君の中学生時代の18番を練習する気になったのである。杭を抜いてくれたのはルイサダ先生。それが繰り返し練習していくうちに弾けるようになるものである。指が覚える。それは「革命のエチュード」の左手と同じでそのうち指が動くようになるものだ。この曲は右脳の活性化のためによく弾く。弾かないと幅が狂ってくる。

しかし、名演奏家の指さばきを見ていると、相当小脳が発達しているのだろうな、と思う。クラシックの大曲になってくると、これはスポーツ系である。タイミングや瞬発力も必要だ。人間の機能はいやはやすごい。

先生によると、「貴女は大変力強いタッチを持っていました」

あれれ?昔はそれがアダで情感をこめる曲がねえ~と言われていた気がする。今思えば10代や20代で、ベートーベンやショパンの苦悩や心のひだを表現するのはなかなか難しかったのではないかと思う。

年を重ねて、いろいろな経験をしたからこそ、その曲を書いたときの背景、歴史的環境、心情に寄り添うことができるようになった気がする。

学生の頃は全然違うことを考えながら弾く(これはいけません。怒られていました)のが得意だったが、今はここらへんのフレーズでこんな気持ちを表しているのかも、なんて想いを馳せながら、そして自分の人生と重ねながら弾いている。

自分の先生に褒められるのが一番嬉しい。誰よりも。いつまでも先生は先生なんだなと思った。

今でも、いつかこの曲を先生に聴いてもらいたい、と練習している好きな曲がある。けれど、ピアノの先生をしている友人が「難しい、発表会までに暗記ができなかった」、とぼやいていた。不協和音がなかなかスムーズにいかず、聴いてもらうまでには到達していない。

他に好きな曲は、ショパンのスケルツォ1番。心のモヤモヤを吹き飛ばしてくれるよう。

ところが、2番の方が人気があって、1番のCDが少ない。

一番すばらしいのは絢爛豪華といわれるアルトゥール・ルビンシュタイン、残念ながらここにはご紹介できないので、この際、ショパンの魅力全開の全集をご紹介します。

ショパン・ピアノ作品作曲集  1枚900円以下!スケルツォは1~4番まで収録 

ルイサダ先生のおしゃれなスケルツォ2番が収録されています。

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謹賀新年 門松

あけましておめでとうございます。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。みなさまにとって、飛躍の年となりますよう、心からお祈り申し上げます。

暮れから門松が飾られ始めると、いよいよお正月、と気持ちが引き締まってくるものです。この門松、本来は年神様を迎えるためのよりしろとも信じられてきました。神様は松の木を目印に降臨し、そして鎮座するというわけです。それでは、やはり門の周りも掃き清めなくてはなりませんね。

もともとは松だけであったものが、室町時代に竹が加わり、江戸時代には梅が加わって今日のような形になったといわれています。めでたい松竹梅、松が男、竹が女、梅が子供を象徴する、という説もあります。

今でも12月13日に松迎えなどと称して、山から門松を切り出すところが多いそうです。飾るまでは室内の清潔なところに置き、12月30日までには門に立てます。

12月31日にスーパーから買ってきて、そそくさ立ててはNGなのですね。

片付けるのは1月4、7、14日など。

門の前に木を立てたり、置く習慣についてはこのブログで掲載したことがあります。

イトスギ(サイプレス)の十字架では、亡くなった人の家の前にサイプレスを置く習慣があり、

杉の枝の迎え火では、亡くなった人の家のお盆では、仏様が帰宅する目印に杉の枝を飾ります。

松、糸杉、杉に共通するのは、冬も青々とする常緑樹の針葉樹=不死のシンボル、そして、殺菌作用が強い、ということです。

自然を敬い、ときに畏怖してきた先人は木々のメッセージが読み取れたのでしょう。

生命力が強い松は長生きと忍耐強さのシンボルであり、散ってもバラバラにならないところも縁起がよいとされています。

松を浸した黄金色のお酒を頂戴したことがありますが、美味でした。長生き酒とか。

お茶は咳や気管支炎に、エッセンシャルオイルは防腐、殺菌、消炎効果が、バッチのフラワーレメディーは疲労感、無気力感にさいなまれている人によいとされています。

松の実も最近では手に入りやすくなり、おかゆやサラダにトッピングすると、ぐっと高級化しますね。

昨年手に入れた錦松の盆栽、四国の砂だから上等な赤土にかえてやってね、といわれたので、さっそく指定の玄人用のお店で土を手に入れ、詳しく聞いたものの、ついに土を入れかえず年を越してしまいました。

錦松は木肌が割れているところが特徴なのですが、その分ナイーブでもあります。水やりをするたびに申し訳ない気がしています。

ちくちくした葉を触ると、リフレッシュした気分になります。

古い種の松は針葉樹の中でもとりわけ潜在的なパワーがみなぎっているのではないか、といつも感じています。

お気に入りの松は、三保の松原の樹齢650年の「羽衣の松」と浜離宮の「三百年の松」です。

ぜひ、この松の木の下に立ってみてください。気持ちが静かに安らいでいきますから。

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