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ピアノの便り

ピアノの先生からいつもと雰囲気の異なる手紙が届いた。

ずいぶん長いことお会いしていないので、いつもはあっさりとした内容なのだが、今年はびっしりと細かい字で埋め尽くされていた。

冒頭では私がショパンのエチュード級、スケルツォを弾いているのを喜んで下さっている。ピアノのコアに達した、ということらしいが、

小学校のときから成績もピアノもずっと比較され続けた同い年の男子A君は、確か中学校1年生あたりでスケルツォ2番を堂々とかっこよく弾いていた・・・・すごいのは練習の段階ではミスが多いが、発表会になると完璧になることだった。本番に強いタイプっているのだ。そういえば、幻想即興曲で指がはずれたら、と当日、具合が悪くなって休んでしまった子もいたなー。

彼はその後、東京芸大を受けるか東大を受けるか、と言われていたがその後の消息はとんとわからない。今頃どうしているだろうか。

そんなわけで、あの子が弾く曲は自分にはムリだ、と自分で制限を作ってしまったらしい。大きな象の小さな杭というかなんと言うか。

先生の筆は昨年のパリ・コンセルバトワール、ルイサダ先生のレッスン風景の絶賛に及ぶ。

生徒のレベルもコンクール入賞級なのに、適格な指摘で大変驚かれたとのこと、さらにご自分のことを恥ずかしい、と書かれている。先生の目から見てもすばらしいレッスンだったのである。

私もあの番組の影響で、昔封印されていたA君の中学生時代の18番を練習する気になったのである。杭を抜いてくれたのはルイサダ先生。それが繰り返し練習していくうちに弾けるようになるものである。指が覚える。それは「革命のエチュード」の左手と同じでそのうち指が動くようになるものだ。この曲は右脳の活性化のためによく弾く。弾かないと幅が狂ってくる。

しかし、名演奏家の指さばきを見ていると、相当小脳が発達しているのだろうな、と思う。クラシックの大曲になってくると、これはスポーツ系である。タイミングや瞬発力も必要だ。人間の機能はいやはやすごい。

先生によると、「貴女は大変力強いタッチを持っていました」

あれれ?昔はそれがアダで情感をこめる曲がねえ~と言われていた気がする。今思えば10代や20代で、ベートーベンやショパンの苦悩や心のひだを表現するのはなかなか難しかったのではないかと思う。

年を重ねて、いろいろな経験をしたからこそ、その曲を書いたときの背景、歴史的環境、心情に寄り添うことができるようになった気がする。

学生の頃は全然違うことを考えながら弾く(これはいけません。怒られていました)のが得意だったが、今はここらへんのフレーズでこんな気持ちを表しているのかも、なんて想いを馳せながら、そして自分の人生と重ねながら弾いている。

自分の先生に褒められるのが一番嬉しい。誰よりも。いつまでも先生は先生なんだなと思った。

今でも、いつかこの曲を先生に聴いてもらいたい、と練習している好きな曲がある。けれど、ピアノの先生をしている友人が「難しい、発表会までに暗記ができなかった」、とぼやいていた。不協和音がなかなかスムーズにいかず、聴いてもらうまでには到達していない。

他に好きな曲は、ショパンのスケルツォ1番。心のモヤモヤを吹き飛ばしてくれるよう。

ところが、2番の方が人気があって、1番のCDが少ない。

一番すばらしいのは絢爛豪華といわれるアルトゥール・ルビンシュタイン、残念ながらここにはご紹介できないので、この際、ショパンの魅力全開の全集をご紹介します。

ショパン・ピアノ作品作曲集  1枚900円以下!スケルツォは1~4番まで収録 

ルイサダ先生のおしゃれなスケルツォ2番が収録されています。

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