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秋山郷・とねんぼ

記録的な豪雪で、秋山郷周辺が孤立してしまったニュースは全国をかけめぐった。

もともと、秋山郷は日本一の豪雪地帯と言われており、昭和20年2月12日に785cmの積雪の記録がある。

1月11日から自衛隊員が現地入りし、雪下ろしが必要な5軒がのうち2軒が終わり、12日は残る3軒の作業中ということである。

200軒に満たない世帯で、村民は500人ほど。高齢の方も多いと聞く。一刻も早く安全な状態になるよう、お祈りしています。

以前、このブログで掲載した温泉たまごをおいしく頂いたところは実は秋山郷なのです。

長野県からの帰り、小腹をすかせて到着したものの、食堂が開いておらず、やっとありつけた食料であった。

水が流れれば大滝になりそうな垂直の深い山々に囲まれた秘境。日本三大秘境に数える説もある。訪れた中でも印象的な場所だ。

秋山郷は、信越国境にまたがる中津川渓谷沿いに点在する13の集落の総称である。行政的には、長野県栄村新潟県津南町に分かれるが、文化的、社会的には一つの地域を形成している。

その起源は、平家の落人伝説をもつ中世の隠田百姓村であり、高倉山、小松原、矢櫃など、平家ゆかりの地名もみられる。一方秋田マタギが秋山郷にやってきて定着し、狩猟法を伝播している。「平家谷」のムラである秋山郷には、生業、衣食住、言語、民族芸能、宗教などの分野において、伝統的な地域文化が豊かに形成されてきた。」(秋山郷総合センター とねんぼ で頂いた、信州秋山郷民俗資料室ガイドより抜粋)

上記の資料室ガイドから一部要約して、秋山郷を少々紹介してみたい。

農業では焼畑(苅野)を梅雨明けの夏の小乾季に火入れをし、降雨があり次第、そば、だいこん、かぶなどを栽培する。二年目にはアワ~大豆、あるいはエゴマ~アワ~大豆~アワの順に作付けし、最後にソバ、エゴマ、キビなどを作って捨て、山林に還元する。焼畑を苅野というのは東北地方と共通しており、秋山郷の農耕文化は東北の山村型である。ちなみに、昭和30年頃の焼畑で働く婦人は素足。雑草の種が入るのを防ぐためである。

アワ、キビなどの種物は、ヒョウタンやユウガオで作った「種入れ」に入れて大切に貯蔵されていた。この方法は一度試してみたい。中身のあるインテリアになりそうである。

手打ちそばは「晴れの食」だが、秋山郷では小麦が作れないので、そばのつなぎにはオヤマボクチ(アザミ科の植物)の葉の繊維と布海苔を用いている。太いそば切りと芽粉を多く使った黒いそばは、秋山郷の特色だそうだ。

アンボ→直径8センチもある饅頭のこと。アワ、ヒエ、キビ、屑米、シコクビエ、ソバ、栃の実などの粉を練り、野菜や山菜の味噌和えを餡にして包み、ふかしたもの。おやきに似ている。

チャナコ→焼餅のこと。アンボ同様に粉をこねて茶碗大にまるめ、これを落としの上で乾かし、さらに囲炉裏の灰の中で焼いたもの。

アンボとチャナコを主として朝食に食べられ、携帯食にも利用された。

いつぞや、JRのどこかの駅で、秋山郷の出店が出ていてびっくりした。時間がなかったので立ち寄れなくて残念。そういえば、温泉卵を食べた後、立ち寄ったお店で食べたそばは何からできていたのだろうか。窓の外のあまりに絶景な山ばかり覚えている。

夜の明かりは主として松明が使われ、これは赤松の根を掘って用いた。高級な灯火にはエゴマが使われたが、食用油として貴重なため、あまり利用されなかった。

江戸時代、繊維は山野に自生する苧麻を用いて縮を織った。野生の苧麻にはエラソ、赤麻(赤苧とも書く、別名ウロ)、青麻(青苧とも書く、別名山麻’やまそ’)の三種類があった。栽培種には青麻を改良したカラムシが作られていた。また明治時代になると、大麻も栽培されるようになった。

福島県昭和村のからむしを思い出す。昭和村のからむしは新潟県の小千谷縮となり、そして、秋山郷にも伝わったのかもしれない。大麻栽培が始まったのは意外に遅いと思った。

ねこ→稲藁で編んだマット。板の上に敷いて保温力を高めた。江戸時代、信州秋山郷では稲作が行われていないので、スゲやガマなどでねこが編まれた。現在は、ねこつぐらとして、同地の特産品になっている。子猫には大のお気に入りになるそうである。

秘境・秋山郷の特産品「ねこつぐら(ネコツグラ)」(大)

次は秋山マタギについて。

マタギの歴史を知らなくても、秋山郷の山を見れば見えないマタギが見えてくるようだった。例のそば屋から見えた風景はまるで飛行機の上から見下ろすような臨場感があった。窓の下は目もくらむ断崖絶壁。

秋山郷の猟師は、秋田からやって来て定住したマタギの五世だという。マタギは日光派修験道の信仰を持ち、親方の指揮に従って、組織的に行動する。

秋山マタギの仲間の中でしか通用しない山言葉は500にも達するといわれている。

特に「」はタブー。だから、「5個ならできるけど・・・・」だったのだ。そのときは単に縁起かつぎだととっさに理解したのだが、よく考えてみれば、マタギの歴史がある秋山郷では特にいけない言葉を発してしまったのである。山でなくても里でも同じなのだろう。

湯西川の平家の里でもいまだに鯉のぼりをあげない、という風習を守っている。平家の後裔やマタギの歴史が残る地方では、昔からの伝承をとりわけ大切にしているらしい。

秋山郷は民間医療のメッカだそうだ。黄蓮(胃腸・切り傷・できもの・肺結核の治療によいとされている)、オウバク(咳止め)、オニク(下痢止め)、ゲンノショウコ、どくだみ。

燻製した蛇の粉末は心臓病と胃腸に効果があり、熊の肝(秋山郷ではツキノワグマ)の肝は万病に効く特効薬で、潰瘍、切り傷の回復が早くなる。猟師の減少、乾燥法の難しさ、需要の増加などにより、高騰するばかりである。身近なところでは、六神丸に入っている。

以前訪れた秋山郷をひもといてみると、このブログで掲載した、数に対する話、マタギからむし大麻平家の里松明、などが偶然にも集約されたようだ。それだけ、今昔の智慧が伝承されてきている里ということだろう。

さて、タイトルの「とねんぼ」とは?

物と物とがひとつにとけあい、ねばりつく姿を表現したこの地方の方言。

秋山郷総合センターとしては、「この意から、大勢の人達がここに集まってくれる事をねがっています」とのこと。

まさにワンネスの思想ではないか。テレビで秋山郷を初めて知った方も多いことと思う。

そして、なんて、雪深い里だこと、と。春がやってきたら、あの大自然に会いに訪れる人が増えるかもしれない。

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