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沈丁花満開

啓蟄を過ぎ、一雨降るごとに庭はうごめいてきた。

家の壁に寄り添うように、ニオイスミレ。なんてソフトな香り。幾年かけて一番居心地のよい場所を決めたのだろうか。おすまし顔で整列している。

昨秋、ターシャ・テューダーのテレビをみてからそそくさ植えたチューリップや他の球根の芽。一斉に顔を出した。さあ、まっすぐ伸びるぞ!と聞こえてきそう。チューリップは気位が高い、と聞いたことがある。私には凛と潔く見える。

2年前、山梨の桃源郷から連れてきた楊貴妃という名前のひょろひょろしたアンズの木。いつのまにか20近くつぼみをつけた。おじさんが伸びた枝をばっさり切れば、実ができるよ、と言っていたけど、今年は実がなるか?あんずの花の香りは薄いけれど、薄紅色の花びらはまあるくてかわいい。開花はもうすぐ。

千葉県のバラの名門、京成バラ園から連れてきたバラたちも赤シソ色のやわらかい葉を開いて、春の準備をしている。しかし、苗がいいと勝手に育ってくれるものだ。今年もびっくりするほどあでやかな花を咲かせておくれ。

ブルーベリーも元気だ。今年こそ、ヒヨドリに先を越されないようにしたい。実をついばんだときに偶然目が合うと、ビビるのだが、確かに勝ち誇った目をする。そして電線の上でくちばしを上に向けてどうどうと一のみにしてしまうのだ!

その他たくさんの草花、木が色めいてきている。今年の冬は厳しかったからダメージを受けたものもあるけれど、春は来るものである。

沈丁花。日当たりのよいご近所の、生垣代わりの沈丁花は目を見張るほどに満開だ。遥か遠くまで香りの羽を広げている。お見事。

我が家の沈丁花は日陰気味なところにあるので、地味に咲き始めた。けれど、あの個性ある春の香りの存在感は大きい。寒いうちから葉を伸ばし始め、咲き始めると、あぁ、春だな、と毎年思う。

沈丁花といえば、沈香と丁子の香りを併せ持つ、とか沈香の香りと丁子の花に似て、などといわれている。

丁子はクローブだから、アロマや香り染めをする染色関係の人にはなじみが結構ある。一方、沈香、伽羅を日常的に聞いている人は、その在庫状況からして日本においてはだいたい、三千人程度と推定されている。一億人以上のうちの三千人である。だから、説明に手間取る。

主に香関係の業者、香道関係、そして意外に多いのが小説家という。沈香を焚きながらストーリーを練る。

という状況だから、沈丁花の由来を聞いて果たしてどれだけの人が想像していることだろうか。

香りはホントに主観的なものであるから、それはどちらも実際に聞いて、嗅いで感じるのがよいだろう。できれば品質のよい沈香を体験して頂きたいものだ。

伽羅は基本的には新しいものは限りなく、ない、に等しい。高いお金を出すのだから、市販のものは試し焚きしてもらうくらいの方がよい。ただし、それには伽羅の香りがわかっている必要があるけれど。緑油伽羅に出会えれば香りの世界はさらに広がるに違いない。

この香料、どちらも平安時代においては、所有していること自体ステイタスであった。薫物に作り上げ、単に香りを楽しみ、競うほか、消臭、抗菌、教養、たしなみ、センス、権力・・・・。貴重な舶来品は様々なストーリーを生んできたのである。

さて、沈丁花。中国では瑞香と呼ぶ。龍脳は瑞龍脳。春節を過ぎて、まだ三寒四温の中に咲き乱れ、主張のある香りを春風に乗せる沈丁花は、春の吉祥でもあったのであろう。

物心ついたばかりの頃に知った沈丁花。自分の背より高い木に咲く満開の花々は、芳しい芳香とともに春の陽の中輝いて見えた。そのシーンと香りはセットになってよく覚えている。

日本の沈丁花は雄ばかりというから、どこかからお嫁さんを連れてきて、いつか実を成らせてもらおうか。

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