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シャコンヌとエリック・カール

バッハのシャコンヌの調べが、真っ白な漆喰の高い天井へ反響する午後。

ヴァイオリンを奏でる漆原啓子さんの足元に座って聴き入る子どもたち。

漆原さんは東京藝術大学付属高校在学中に、第8回ヴィニャフスキ国際コンクールで、最年少の18歳にして、しかも日本人初の優勝と6つの副賞を受賞された。

ここは、国立国会図書館の支部、国際子ども図書館のホール。

この建物は100歳以上。もともと帝国図書館としてスタートした。ルネッサンス様式の明治時代の西洋館である。壁や天井は漆喰で、果物かごや花束などの模様があり、様々なシャンデリア、飾りのついた鉄の大階段、どれも手が込んでいて目に懐かしい。

この建物に通っていたのは学生時代。まだ国立図書館上野支部と呼ばれていたころだ。高い高い天井と荘厳な彫刻。その時を越えた空間にいるだけで、勉強している気分になれるお気に入りの場所だった。来館者は基本的に成人。確か、身分証が必要だったはず。なにか、大人の場という雰囲気だった。

トイレへ続く渡り廊下。ぎしぎし鳴く扉。足元の板にゆれる木漏れ日。木立の中の野鳥のさえずり。ほっとするひと時である。

それが、子どもの図書館になると聞いてはじめ不安になった。あの美しい建物はどうなってしまうのか?部分的開館になったときに子どもを連れて訪れたら、耐震性のない古い建物を保護しながらリニューアルする、という形と知った。昔は外壁だったところにとりまくように廊下ができて、その外壁を間近に鑑賞できる形だ。東京都選定歴史的建造物として保存されている。

しかし、やはり、大人の図書館という形は過去のものとなり、児童書の保存、子供用の図書館というコンセプトに生まれ変わった。もう、あの静かな空間で昔のように自分だけの時間を持つことはできない。こうなれば、子どもをダシに使ってみるか。

今年の「東京のオペラの森2007」上野公園エリアのイベントに、国際子ども図書館で絵本とヴァイオリンのコラボがあると知った。さっそく往復はがきで応募。返信のはがきには当選とあったが、実際行ってみると、何席が空きがあって当日の来館者も参加できたようだ。

絵本はエリック・カールの『うたがみえるきこえるよ

エリック・カールは子どもたちの間で知らない子はいないほど。司会の方が「『はらべこあおむし』を知っている人!」というと、ほとんど全員が「は~い!!」と元気よく手を挙げる。

エリック・カールは1929年ニューヨーク生まれ、幼少時にドイツに移住しシュトゥットガルト造形美大を卒業、その後アメリカに戻って、かの有名な絵本『スイミー』の作者レオ・レオニーの紹介で、ニューヨークタイムスのグラフィック・デザイナーとして活躍した。

はらぺこあおむし』は1969年。すでに40年近く前の作品であった。日本語版は出版30年だそうだ。色の中に同色系の色が組み入れられ、一度見たら忘れられない色彩である。「絵本の魔術師」という別名を持つ。

この国際子ども図書館のオープニングに、ご本人が参加、記念に妖精のリトグラフを図書館にプレゼントされた。3月17日から4月8日まで「エリック・カールの世界」が開催され、作品の製作過程やスタジオ風景、リトグラフも展示される。

さて、そのエリック・カールが1973年に「感覚をあつかった本をつくってみよう」と制作されたのが『うたがみえるきこえるよ』。字がなく、お話は絵に合わせて自分で自由に想像できるというもの。音楽を使うけれど、どの音楽を使うように、という指定もない。

頭のつるっとしたおじさんが、最初灰色の世界でヴァイオリンを演奏し始めると、色のついた種が出てきて、それがはじけて、それから・・・・。

今回はその音楽としてバッハの『シャコンヌ』が選ばれたということだ。『無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第二番』として1720年ごろ作曲された。(どこかで聴いたクラシック ヴァイオリン・ベスト101)旋律ではなく、和音進行を繰り返すので、その分旋律や装飾は自由に表現され、さまざまな表情がくるくると登場する。漆原さんの演奏は洗練されて迫力があった。まさに重層構造の曲である。

大人としては、はっきりした旋律というわけではいので、スクリーンの絵本のストーリーを自由に想像しやすい。音の粒は漆喰の壁にピチピチ跳ねながら、天へ上っていくようだった。

今の子どもたちは、すでにクレイアニメーション『ピングー』や子ども番組での、映像と音楽だけに自分で自由にストーリーをつけるというのは慣れていると思う。それを思えば、30年以上前に『うたがみえるきこえるよ』を作り出したエリック・カールは先進的だったのだろう。

普段は動いている絵にストーリーをつけるのは得意だろうが、動かない絵に音楽をバックに共にストーリーをつけるのは、さらに想像力を自由に働かすことができる。欲を言えば、1ページにかける音楽が非常に長かったり、とても短かったりで子どもはとまどったようだ。音楽の選定ももう少し子どもの耳に優しく、軽く躍動感があるものが合うのではないか、とも感じた。

短い時間だったが、生演奏と色彩豊かな絵本と共に、豊かな時間を過ごすことができた。

そのイベントの後は、急いで国立博物館の平成館ラウンジへ。ミュージアム・コンサートの「春のモツァルト」鑑賞のためである。出演者はラ・バンド・サンバ(弦楽四重奏)とフォルテピアノの小倉貴久子さん。小倉さんは第3回日本モーツァルト音楽コンクール、ピアノ部門で第1位を受賞、現在は芸大のフォルテピアノの非常勤講師を勤められている。

曲目は

弦楽四重奏曲「ミラノカルテット」第3番ト長調 K.156

ディベルティメント ニ長調 K.136

「ママ、あなたに話します」の主題による変奏曲(「きらきら星」変奏曲)

ピアノ協奏曲第12番 イ長調 K.414

子どもたちも聴き慣れている曲ばかりなので、リラックスして聴けたようだ。ただ、家では世界でトップレベルの演奏を聴いているので、音色やテクニック、生演奏に厳しい意見もある。しかし、目の前で第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンのかけあいがわかるのは楽しい。ディベルティメントは食事用だから、デザートと紅茶で聴きたいものだ。

フォルテピアノは足の上にあるレバーをひざで押し上げると、ペダルの効果がある。音は控えめでレトロ。華やかさはないが、品がある。「協奏曲にどうか、と思われる方もいらっしゃるでしょうが、何曲かはだいじょうぶです」とのこと。実際演奏が始まってみると、やはり、フォルテピアノの音が負けてしまう。もう少し、四重奏曲の音を抑えなければ全体のバランスが不均衡だと思った。フィドルの方が合うだろう。

それにしても、ホールの暗闇、スポットライトの中ではなく、平成館ラウンジの完全自然光の午後の光、しかも外の青空がかいまみえる演奏会は気持ちよく、宮廷貴族に一瞬成れた気分である。帽子をかぶったままのおじさんや、携帯電話かお財布の鈴がりんりん鳴ったり、子どもがパタパタしているごったがえした空間ではあったが、無料なら仕方ない。

芽を膨らませつつある上野公園の桜を見ながら帰路へ。桃色の彼岸桜の枝の上には何十羽と飛び交うメジロ。人間がたくさん寄ってたかって写真を撮っていても、一心不乱に蜜を吸っている。肌寒い風の中にも春は間近。

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