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ぐるっとパス 文化はめぐる

ここ半月ほどで訪れた美術館・博物館

☆松岡美術館 フランス印象派・新印象派展

お目当ては企画展ではなくて1Fの仏像、台座の意匠を調査中。思わぬ発見があった。

2F、ガラス張りの奥にルノアール。あの作品はここにあったのね。ゆったりした時間の流れる、しっとりした美術館である。

☆東京都庭園美術館  舞台芸術の世界 ティアギレフのロシアバレエと舞台デザイン

昭和33年に建てられた旧朝香邸 アールデコ様式

何度来ても、その佇まいにほっとする。ロシアバレエ衣装の奇抜さに目からウロコ。この美術館だからこそ、この展覧自体がさらに立体化する。周りの雰囲気とマッチするのだ。ピカピカの壁や床には似合わない。

☆大倉集古館 アジアへの憧憬

道教系神像があるのが、ここの特徴でもある。仏像からの影響もおもしろい。

今回は夾苧技法で製作された、大きな大きなたらいが目を引いた。夾苧技法とは、木などの型の上から麻布を何枚も貼り重ね、漆の乾燥後に型を取り去るもの。苧とは苧麻のこと。このたらいのような器の漆と朱の模様がいかにも戦国時代っぽくていい。使用法は特定できないが、たぶん湯船。ゆったりは入れただろうなぁ。お湯を青銅器で沸かして、くんで、くんで、結構大変。今度、先輩に聞いてみよう。

龍泉窯の青磁で興味深い形を発見。宋代の復古主義を髣髴とさせる。

ここは、しーんとしてどんな小さな音も響いてしまうけど、置いてあるものが渋くてお気に入り。

☆泉屋博古館 花鳥礼賛 日本・中国のかたちと心

沈南蘋の影響がこんなに大きかったなんてー。スケールが大きい。

若冲の生き物、鳥はやっぱりいい。椿椿山の玉堂富貴・遊蝶・藻魚、これは天保11年だから1840年。150年前とは思えない感性だ。

林巳奈夫氏は残念ながら、2006年1月にご逝去。あの粋で快刀乱麻な文体も好きだ。青銅器を見ることができるようになると、他の世界の古陶、青銅器までいきなりいきいきと輝いて見えるから、不思議。

二部屋の間のソファに座ると根が生える。お茶飲んで水飲んで・・・。

☆国立科学博物館  インカ・マヤ・アステカ文明展

7月から8月で20万人突破!!ということで、避けていた。金曜日の夕方は穴場である。今回驚いたのは、若者が多いこと。スピリチュアルの世界でマヤ暦も有名になったからだろうか。私がマヤ暦を知ったのは10年以上前だし、ホゼ・アグエイアス夫妻の講演会に参加したのもだいぶ前だ。

この3文明セット、しかもそのプレ文明も少々紹介されているという展覧会はまず初めてだろう。しかも日本初公開のものも多い。

マヤもいろいろな段階があったわけで、マヤ暦から想像する神秘的な面だけでは全体像が見えない、しかもこの昨今、スピリチュアル的に強調されすぎている。そんな中、この展覧会でイメージが変わる人も多いかも。しかし、絵文字を解読している学者たちの努力には敬服する。

インカの黄金は、最近その前の文明のものが多いといわれている。スペイン人が掠奪して祖国で溶かしてしまったけれど、墓の副葬品から推測することが可能になった。

戦争は儀式でもある。アステカの血なまぐささも現代の感覚でとらえては不可解なばかりだ。歴史を読むにはその感覚をはずさなければ先に進めない。それにしても、つい数百年前の事実なのである。

青銅器や紋様に詳しくなると、この三文明の遺物も何倍も楽しめる。その他も新しい発見がたくさんあり、これは参考になりそうだ。

☆東京国立博物館  京都五山 禅の文化

ここも平日昼間は込んで仕方がないが、やはり金曜日の夕方以降は、まともに入れる。

入魂の禅僧の像はまさに、入魂。並々ならぬ存在感を感じた。そのまま立ち上がって喝!と吼えられそうである。ご生前の本物のオーラは推して知るべし。。。

朱印状は初めて見たかもしれない。大きい。ポスターのようだ。こういう外交文書は相国寺や南禅寺の僧侶が書いていたそうだ。中国帰りのインテリたち。道元の曹洞宗とまた役割が違う。彼ら京都五山の僧侶たちは、宗教、文化、そして外交の要を握っていた。要チェックの集団である。

永楽帝からの文書の地模様に龍、これがまた風格があるのだ。8世紀にすでに一般では使ってはいけない模様を詔している。シルクロードからわたってきた模様もそれぞれの民族の好みで取捨選択され、独自の発展を遂げ、それがまた逆輸入したり、互いに影響しあっている。昔はアイデアを盗むなど毛頭なく、文化を吸収して(マネして)、新しい文化を生み出していく。日本のマネの文化はこうしたシルクロード文化の特徴を有効利用した形なのだろう。今の偽ブランド問題も、案外このルートと関係があるのかもしれない。昔プレゼントしてもらったドナルドダックのぬいぐるみは、実はまったく同じ顔ではない。つり目なのである。

というわけで、今度こそぐるっとパスをうまく利用しようと、時間を作って足を運んでいる。久々に山種と出光などにも近く行くつもり。速水御舟のバラのスケッチのはがきをみつけて、最近はおしゃれな商品にしている、とつくづく思う。

行けば行くほど、今まで何をみていたんだろう、と後悔する。テーマがはっきりすると見方も見るところも格段と違うのだ。そして、もっともっと数を見なければ、と気が引き締まる。いろいろな発見があるから面白い。

昨日は小澤征爾氏一色の日だった。13時から1時まで。

この春に、ジュニア用のワーグナーのタンホイザー聴きにいったら、気づくとふくらんだ真っ白頭の指揮者が振り返って、

「明日の出だしの練習するんで、あとからちゃんとした人くるから」

とは、なんと小澤征爾氏であった。企画側のサプライズなのだったのか?会場がザワザワした。そこら中ケイタイでシャッターを押している。最後まで一緒の空間で鑑賞。

中学生くらいのときに、まだ髪の毛が黒々として白いとっくり襟姿の指揮を拝見したのがたぶん初回だ。

昨日、1980年代に米国が製作した「OZAWA」というタイトルのテレビ番組も放映されたが、その中で彼はヨーヨー・マ氏と東洋人が西洋の音楽をやることについて、と語り始め、そこで撮影を中止してもらった。個人的な話なんだから、と。

デュティユーが『瞬間の神秘』の中で登場させた、ハンガリーの楽器、ツィンバロムを見たとたんに、ヨーロッパのハンマーダルシマー、イランのサントゥール、中国の楊琴を連想する。

孤立した文化を探す方が難しいのではないか。どこかでつながっている。

昔からの各民族間の往来、これもいろいろ、

文化は人の手を離れてもアメーバのように形を変え、

それを言ったら、700万年前のトゥーマイは全世界のご先祖様。

楽器も音楽も誰が奏でようとかまわない。楽器は文化の詰まったツールだ。

調合することで、新しい文化がまた生まれ、うまくいけば効果は何倍にもなる。

サイトウ・キネン・オーケストラのミックスされ、透き通ってパワフルな音色は魂に響いた。

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