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PROTECTION生活

過去、いろいろ見たり聞いたり、学んできたことが今回の震災、

放射線対策に少しは功を奏しそうだ。

知らず知らずのうちに準備してきたかのように。

時間とお金、かなり費やしてます。

「直ちに影響はない」と繰り返されても、自分の直感に従って

みる。少なくとも身体に入って来るものは以前と違うのだから。

食べ物に関しては、一刻も早く放射性物質を体外に出す

こと、血液をきれいに保ち、免疫機能を正常にしておく作用

を求めるべきだろう。

参考。

マクロビオティック、クシマクロビオティック。

玄米、野菜、海藻、自然塩、梅干し、味噌、ゴマ・・・

甘いもの、アルコールを避けること。

1945年8月9日。長崎に原爆が投下された。その爆心地から

1.8kmの聖フランシスコ病院にいた人々も被曝した。

そこで医療活動を行っていた秋月辰一郎先生は、かつて

桜沢如一というマクロビオテック創始者に師事し、持病が

治ってしまったという人物。

さっそく玄米菜食を病院関係者とともに実行。皆、原爆症

にならなかったという。ご本人は90歳近くまで長生きされた。

秋月辰一郎氏の著書

『長崎原爆体験』

日本図書刊行センター刊「日本の原爆記録」第9巻に所収

『長崎原爆記―被曝医師の証言』平和文庫

マクロビオティックを日本の伝統食という人も多いが、

必ずしもそうではない。

戦前、戦時中は日本人は皆玄米を食べていたと戦後

世代は思いがちだが、インタビューしてみると、場所に

よっては白米という。いやいや、そもそも戦時中はお米

自体ありつけなかった、黒パンだよ、イモだよ!などなど。

爆心地から近い人からどんどん亡くなっていった。

診察しながら秋月先生は、生死の境は原爆からの距離

と食べている物だと気づく。

さて、現代生活。

玄米菜食をしていても、ジャンクなお菓子、インスタント

ばかり食べていたらNG。

結局、デトックスするものが多くなり、いつになっても

調子は良くならない。

基本的に私はマクロビオティックは非常時用の方法と

捉えているで、毎日実行しているわけではなくメニュー

として取り入れるくらいであった。

体調が悪い時はずいぶんとお世話になっている。

厳密に行おうとすると、排除すべきものが実に多くなる。

OKのものを集めようとすると値段も張る。

でも、いつでも出番が来れば実行できる。

凝ったものはできないけれど。

注意事項

実行するなら、まずは本を読んで理解すること。

料理だけの世界ではない。ポリシーも知ること。

久司道夫氏のクシマクロビオティックは使ってよい

食材が若干異なる。マドンナはこちらの方法。

玄米を日ごろ食べてないのに、いきなり始めると

胃腸を壊したり、身体の毒素が出始めることがある。

最近食べておらず、いきなり玄米の割合を多くした

ので吹き出物が顔と身体に出てしまった!

覚悟はしていたけれど。

身体はなんと正直なことか。

日ごろの食生活でたまった毒素が目に見えてしまう

わけだ。

白米と混ぜるなら、配合は身体と相談して試行錯誤

していくのが無難。皆、それぞれ体質が違う。

自然塩と味噌はすでにお気に入りがある。

4年梅はさすがにしょっぱすぎるなあ。

放射能汚染の食材も気になるが、この方法なら

有害物質も出やすいのだろう。

いつもの食事とバランスを保ちながら取り入れる、

ケースバイケースで頑固にならない。

無理はしない。その方法で続けてみる。

身体にまずは聞いてみる。

着るものも住まいも、考え方なども放射線防護の

観点から、今までに得た智慧を駆使してみる。

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地震酔い流行る

地震直後、自分も含め周りの多くの人が

「いつも揺れている感じがする」

と言っていた。確かに余震は今も多い。

そのうち、自分の心臓の鼓動なのか脈動なのかわからなくなっ

てきた。「今揺れてる?」

と部屋の中の揺れやすいものをじっと見つめる日々。

そのうち、めまい、吐き気を訴える人も多くなった。

疲れかな?風邪ひいたかな?と自己鑑定する人も。

やっと新聞に詳しい情報が載った。「地震酔い

「めまいを感じる人の多くが、首が凝っている。血液やリンパ液

の流れが悪くなり、三半規管のある内耳機能に影響を与えて

いる可能性があるという。耳の下から鎖骨にかけての

「胸鎖乳突筋(きょうさにゅうとつきん)」の凝りが特徴。

パソコンで長時間作業をする人や、激しいスポーツや事故で

首を痛めたことのある人が該当する。体の硬い人も揺れが脳

に伝わりやすいという。(略)

医師に平衡機能に関して相談し、睡眠と水分をしっかりとる。

血液の循環を良くすること」と入野院長。スクワットなどを行い、

足腰を強くし、股関節の柔軟性を保つ。これらによって平衡

機能を改善していくことが必要だ。」(産経新聞 3月31日)

車酔いしやすい人も症状が出やすいようだ。

私は小さい頃は車酔いがひどかったが、ハードな旅をする

ようになってからさっぱり治ってしまった。

よっぽど三半規管が鍛えられたのだろう。

モンゴルやシルクロードのでこぼこ道をバスは飛ぶように

走り、揺れるという表現では足りない。お尻がシートに

たたきつけられるのだ。まるで大げさなマンガだ。

中国南部南下のため、22時間くらいバスに乗り、すぐに

フェリーに乗って海南島の海口へ。

そこで食べた海老料理に思いっきりあたって一晩もだえ

苦しみ、それでも翌朝またバスに7時間乗車。復活。若い。

エメラルドグリーンの海に泳ぎに行こうと言ったら、

年上の相棒から「それはかんべん、やめてくれ。」

長距離の船旅にも結構強くなった。

今回、だんだん酔ってきた。睡眠不足だし。

日本丸、時化に遭ってもう3週間。さすがに長い。

本当の揺れのときにはちゃんと対応しなければ。

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稲むらの火 語り継ぐべきこと

母に、小学国語読本、尋常科用に掲載されていた

稲むらの火」を知ってる?と聞いたら、

「知ってるわよ~知らない人はいないね」

ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の『生神様』出典ということ

は知らなかったという。

習った時どんな感想をもったかと聞くと、

「偉い人がいるもんだなあ、と思った」

津波が怖い、というようには捉えなかったようだ。

生神様に焦点をしぼった授業だったのだろう。津波が来な

い地域の少女には想像もつかないはず。

八雲は明治29年(1896)、三陸沖地震津波の恐ろしさを

リアルタイムで知っていた。そこで、江戸時代末期の

安政南海地震の実話を翻案して『生神様』を著したので

ある。

実話の人物は濱口儀兵衛、35歳。安政南海地震の際、

漂流者に安全な場所を知らせるために稲むらに火を

放った。

『生神様』の主人公は濱口五兵衛、老人。

これは、ただ事でない

とつぶやきながら五兵衛は家から出て来た。今の地震は

別に烈しいといふほどのものではなかった。

五兵衛の家は高台にあり、波が沖に引くのがはっきり見えた。

(ニュースで北茨城の人が「波が引いた時は海水はカラに

なったんだ。船はそのとき倒れて、津波が来たときは水の中

で二回転したんだよ)

このとき、五兵衛はとっさに、

「大変だ。津波がやって来るに違ひない。」

と思った。八雲が五兵衛を老人に設定したワケがわかる。

偶然にも、この「稲むらの火」は主人公の「つぶやき」

から始まる。一人完結のつぶやきだから誰にも聞こえない。

下の村では、祭りの準備で地震にも気づいていないようだ。

五兵衛は考えた。稲むらに火をつけてみんなに知らせよう。

つぶやきは「稲むらの火」となって勢いよく燃え盛った。

山寺ではこの火を見てすぐに早鐘を突き出した。

「火事だ。荘屋さんの家だ。」村の若い者が急いで山手

へかけ出した。続いて老人も女も子供も・・・・

ここらへんで、荘屋さんである五兵衛が慕われているの

がよくわかる。

村人全員=400人が高台に終結したそのとき、

「見ろ。やって来たぞ。」

海水が絶壁のやうに目の前に迫ったかと思ふと山がのし

かかってきたやうな重さと・・・・・・

一同、波にえぐり取られて何もなくなった村をただあきれ

て見下ろしていた。

荘屋さんの家が火事だと思って駆けつけた村人たちは

その一致団結の心によって救われたのである。

何よりも五兵衛の機転、年の功。

地震が来たら津波が来るかもしれない。

高台に駆けのぼること。

ラフカディオ・ハーンの『生神様』の「稲むらの火」

昭和12年から22年まで小学国語読本の教材。

2011年、70年以上母の心に生き続けていたこの話。

今日初めて本人から直接聞くことができた。

孫子の代まで語り継ごう。

と書いとき、

グラッと地震、ピカッと稲光、ゴゴッと雷鳴、

そして、放射性物質を含む雨ザーザー。

まだまだ予断を許さない。

共有したつぶやき、ツイッター、

多くの機転、智慧の共有。

孫子の代まで語り継ごう。

参考:気象庁

http://www.seisvol.kishou.go.jp/eq/inamura/p6.html#hikaku

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地震雲情報メモ

1か月ほど前から、いつもより雲の形が気になっていた。

こんなに飛行機が飛んでいたっけ?と思うほど、飛行機雲の

ような長細い雲を多く目にするようなったからだ。

しばらく眺めていても消えない。これは何だろう、と。

日がたつにつれ、雲の太さも増していったような気がする。

今回の東日本大震災で、地震予知情報を集めるようになったが、

その中でも気になるのは地震雲

私が見ていたのは帯状形地震雲に似ていることがわかった。

これは目撃情報の多いポピュラーな形だ。

小学生のとき、先生が不在で自習をしているとき、ふと窓の外

を見ると夕方でもないのにオレンジ色がかった雲の色。とても

不気味に感じ、いきなり立ち上がって、「地震が来る!!」

と叫んだのだ。

静かにそれぞれが勉強していたので、みんなは眼を丸くした。

それから5分後、突然、グラグラ揺れて教室内は騒然となった。

その頃、地震雲、空の色の変化など何も知らない。

ただ、そう感じただけ。今思えば、子どもの直感である。

的中に驚いたクラスのみんなと、地震の発生と雲には何らか

の関係があるらしい、との話をした記憶がある。

今回、地震雲を調べていて、小学生の私が見たあの雲は

ウロコ状に乱れていたので、揺れがそれほど大きくなかった

のだろう。長い年月を経て疑問はやっと晴れた。

さて、地震雲博士と言えば、上出孝之氏である。

(北陸地震雲予知研究観測所所長)

2003年の十勝沖地震、2004年のスマトラ沖地震を予想し、

2008年の四川大地震のときも見事に的中したという。

遠く離れた地域のことを日本で見えた雲で判断できるという

のは、積み重ねられた膨大な資料、経験によるものだろう。

地震の前兆に関する掲示板を見ても、気象的に見て普通の

雲なのか、どちらの方角なのか、判断することは難しい。

この地震雲鑑定には、やはり専門的な知識が必須であるよう

である。せっかく全国各地の地震雲の写真が集まっているの

だから、そろそろ公にも科学的に分析してもよいのではないか。

地震雲のパターン、研究中だそうです。

断層形、波紋形、放射状形、稲穂形、帯状形、肋骨状形、

さや豆形、弓状形、たつ巻形

参考

地震雲掲示板HP(http://kumo.j-jis.com/cloud/index.html

地震雲の基本形HP(http://www.seismology.peaman.jp/cloud.html

地震雲に関する過去のニュースHP

研究が進めば、気象予報士の試験に組み込まれたり、

一般人にもある程度分析できる時代が来るかもしれない。

自然を注意深く観察すれば、メッセージを発していることに

気づけるのである。

そのためには古の智慧と現代科学のコラボレーションが

今の時代には必須である。人間が自然の脅威に対して

謙虚さを忘れ、人間自身の動物的本能、直感が薄れてし

まった現在、科学の実証が目安になるからである。

現象の収集、分類、分析、そして科学的実証。

現代人は科学的実証データがないと、なかなか納得でき

ないし、信用もしない。

大気イオン、電磁波などの変化は動物たち、テレビ、携帯

電話、家電製品が教えてくれる。実際、様々な電波障害が

出ている。

地震の数日前、茨城県に座礁した多くのカズハゴンドウ

クジラ。漁民たちに、古からの伝承は残っていなかったの

だろうか?

地震の数日前、仲間と集まっていてこの話題が出たとき、

地磁気が変化しているのだろうか、何かを知らせているの

だろうか?という話題まではきた。

地震後、オーストラリアにまたクジラが座礁している。

動物たちのメッセージにはもっと注目してもいい。

人間の体感も参考になるだろう。敏感な人には様々な

症状が出ている。耳鳴り、頭痛、肩こり、しびれ・・・・

自分の変化を見過ごさないことである。

虫の知らせも、むやみにもみ消さない。

その他、井戸水の水位の変化など、身の回りの変化も様々。

1983年、三宅島は三七山が長いこと爆発していないという

ので、なぜか「今行かなければ行けなくなる!」と思い、旅先

に決めたことがあった。行ってみると、爆発の前には色が

変わると島の人が教えてくれた新澪池は確かに白濁して

おり、いやな予感がした。村の人たちはかなり分かっていた

のだろう。

その7ヶ月後の秋、火山は爆発。

春、三宅島旅行に同行したメンバーたちは、皆驚いた。

私が言ってた通りだと。でもまさかこんなに早いとは・・・

美しかった新澪池は、2000年の水蒸気爆発のときに一瞬

にして干上がったという。

三宅島に行きたいという欲求は虫の知らせ?

おかげで、美しい緑、池、お腹の赤いアカコッコのさえずり

を堪能することができた。今は野原の新澪池跡、水はない

けれど、時が修復する大自然。

人の心は時の経過と支えあうパワーが必要。

今回の大震災が、多くの人のハートを開いた。

つながりの尊さを再認識させた。

無条件の愛、継続できますように。

自然のメッセージを読み解き、自分の直感をもっと信じ、

つながりを大切にしようと思う冷え込む春である。

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スーパームーン

Mar. 20, 2011

Nikon D700 + ED-Nikkor 600mmf4.0 + TC-301s

1/500 F8.0 (+/- -2.7)

Dsc_1707_2

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延命十句観音経 カレージア編集

『延命十句観音経』はシルクロードあたりで生まれ、

仏教の教えをわかりやすく伝えた偽経とされています。

それでも永らく伝承されてきたのは、ご利益、霊験の

報告があとを絶たないからです。

わずか42字のこのお経を最も推奨したのが、

臨済宗、中興の祖、白隠禅師です。

「延命」の二字を冠したのが白隠禅師。

何度も読誦していくうちに心が落ち着いてきますよ。

『延命十句観音経』

観世音    かんぜおーん

南無仏    なーむぶつ

与仏有因   よぶつうーいん

与仏有縁   よぶつうーえん

仏法僧縁   ぶっぽうそーえん

常楽我浄   じょうらくがーじょう

朝念観世音  ちょうねんかんぜーおん

暮念観世音  ぼーねんかんぜーおん

念念従心起  ねんねんじゅうしんき

念念不離心  ねんねんふりーしん

【訳】

観世音

仏に帰依したてまつる

仏と因あり

仏と縁あり

仏と法と僧との縁によって

常・楽・我・浄の四徳を得ん

朝な朝なに、観世音を念じ

夕な夕なに観世音を念じ

念念、心より起こり

念念、心を離れず

カレージア(香麗志安)編集

参考『観音さま入門』大法輪選書

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