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稲むらの火 語り継ぐべきこと

母に、小学国語読本、尋常科用に掲載されていた

稲むらの火」を知ってる?と聞いたら、

「知ってるわよ~知らない人はいないね」

ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の『生神様』出典ということ

は知らなかったという。

習った時どんな感想をもったかと聞くと、

「偉い人がいるもんだなあ、と思った」

津波が怖い、というようには捉えなかったようだ。

生神様に焦点をしぼった授業だったのだろう。津波が来な

い地域の少女には想像もつかないはず。

八雲は明治29年(1896)、三陸沖地震津波の恐ろしさを

リアルタイムで知っていた。そこで、江戸時代末期の

安政南海地震の実話を翻案して『生神様』を著したので

ある。

実話の人物は濱口儀兵衛、35歳。安政南海地震の際、

漂流者に安全な場所を知らせるために稲むらに火を

放った。

『生神様』の主人公は濱口五兵衛、老人。

これは、ただ事でない

とつぶやきながら五兵衛は家から出て来た。今の地震は

別に烈しいといふほどのものではなかった。

五兵衛の家は高台にあり、波が沖に引くのがはっきり見えた。

(ニュースで北茨城の人が「波が引いた時は海水はカラに

なったんだ。船はそのとき倒れて、津波が来たときは水の中

で二回転したんだよ)

このとき、五兵衛はとっさに、

「大変だ。津波がやって来るに違ひない。」

と思った。八雲が五兵衛を老人に設定したワケがわかる。

偶然にも、この「稲むらの火」は主人公の「つぶやき」

から始まる。一人完結のつぶやきだから誰にも聞こえない。

下の村では、祭りの準備で地震にも気づいていないようだ。

五兵衛は考えた。稲むらに火をつけてみんなに知らせよう。

つぶやきは「稲むらの火」となって勢いよく燃え盛った。

山寺ではこの火を見てすぐに早鐘を突き出した。

「火事だ。荘屋さんの家だ。」村の若い者が急いで山手

へかけ出した。続いて老人も女も子供も・・・・

ここらへんで、荘屋さんである五兵衛が慕われているの

がよくわかる。

村人全員=400人が高台に終結したそのとき、

「見ろ。やって来たぞ。」

海水が絶壁のやうに目の前に迫ったかと思ふと山がのし

かかってきたやうな重さと・・・・・・

一同、波にえぐり取られて何もなくなった村をただあきれ

て見下ろしていた。

荘屋さんの家が火事だと思って駆けつけた村人たちは

その一致団結の心によって救われたのである。

何よりも五兵衛の機転、年の功。

地震が来たら津波が来るかもしれない。

高台に駆けのぼること。

ラフカディオ・ハーンの『生神様』の「稲むらの火」

昭和12年から22年まで小学国語読本の教材。

2011年、70年以上母の心に生き続けていたこの話。

今日初めて本人から直接聞くことができた。

孫子の代まで語り継ごう。

と書いとき、

グラッと地震、ピカッと稲光、ゴゴッと雷鳴、

そして、放射性物質を含む雨ザーザー。

まだまだ予断を許さない。

共有したつぶやき、ツイッター、

多くの機転、智慧の共有。

孫子の代まで語り継ごう。

参考:気象庁

http://www.seisvol.kishou.go.jp/eq/inamura/p6.html#hikaku

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