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白虹 『史記』天官書、魯仲連・鄒陽列伝

2011年5月31日に観測された白虹について 

『史記』天官書

兩軍相當,日暈;暈等,力鈞;厚長大,有勝;薄短小,無勝。重抱大破無。抱為和,背[為]不和,為分離相去。直為自立,立侯王;(指暈)[破軍](若曰)殺將。負且戴,有喜。圍在中,中勝;在外,外勝。青外赤中,以和相去;赤外青中,以惡相去。氣暈先至而後去,居軍勝。先至先去,前利后病;后至后去,前病後利;后至先去,前后皆病,居軍不勝。見而去,其發疾,雖勝無功。見半日以上,功大。白虹屈短,上下兌,有者下大流血。日暈制勝,近期三十日,遠期六十日。

其食,食所不利;復生,生所利;而食益盡,為主位。以其直及日所宿,加以日時,用命其國也。

中国古代では、太陽にかかる暈の形、大きさ、厚さ、幅などで

戦況を占いました。

白虹の形、様子でも判断は異なるようです。

食となる場合・・・今月は天体ショーですよ。

6月 2日新月  6時30分 部分日蝕

6月16日満月  5時14分 皆既月蝕

6月22日夏至  2時16分

7月 1日新月 17時54分 部分日蝕

食の始まる方角の国は不利で、再び光が生じる方角の国は

有利である・・・・

日蝕に相当する方向、その太陽の位置、さらに日時を考え

合わせて、その国の運命を占うのである。

『史記』魯仲連・鄒陽列伝の鄒陽

臣聞忠無不報,信不見疑,臣常以為然,徒虚語耳。昔者荊軻慕燕丹之義,白虹貫日,太子畏之;衛先生為秦畫長平之事,太白蝕昴,而昭王疑之。夫精變天地而信不喻兩主,豈不哀哉!今臣盡忠竭誠,畢議願知,左右不明,卒從吏訊,為世所疑,是使荊軻、衛先生復起,而燕、秦不悟也。願大王孰察之。

燕の太子丹が荊軻に秦の始皇帝を暗殺させようとしましたが、

未遂に終わった事件です。荊軻の決意は白虹が太陽を

貫いたのに、丹はどこかでその決意を疑っていた、というくだり。

風蕭蕭兮易水寒 壮士一去兮不復還

荊軻は筑を打ち鳴らしながら詠い、そして、ついに振り返らぬ

まま旅立ち、戻らなかったのです。その決意は固かったはず。

荊軻の話をすると長くなるのでこのくらいで。 

暗殺には失敗しましたが、この白虹は何らかの突発的な事件

が起こる前兆だったようです。

昔の人は、天の写真を撮ることはできませんでしたが、

観察し、その後の事象と照らし合わせて伝承してきました。

今回、日本で見えた白虹、司馬遷ならなんと判断するか?

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