フルートレッスン

幸運なことに、NHK交響楽団のフルート奏者である甲斐雅之さんに、子供がレッスンを受けさせて頂いた。

もう、スケールを聞くだけで癒しの風がふーっと吹いて、風通しがよくなった気がした。

プロ中のプロの音色はやっぱりすごい。至近距離で、しかもプライベートレッスン。

音は耳で聴くのではなく、身体全体に響く、と思う瞬間である。

甲斐先生は、ステージマナーがすばらしいことでも知られている。

家人が、写真を見て、「ヨンさまに似てる・・・」

なーるほど。言いえて妙。これだけで雰囲気がわかるような。N響のヨンさま?

説明もとてもわかりやすく、生徒も腑に落ちた様子。音が格段によくなった。

「自信を持って吹いてね!」

このお言葉が、かなり効いたらしい。しっかりした音になってきた。

フルートは管楽器の中でも難しく、人によってこれだけ音が違う楽器も少ないかもしれない。

私も、息を吹き込む角度も早さも強さも、そして温度も!自己流だった。慣れるまではまだまだ時間がかかる。

先生のフルートは、ムラマツの14K。見るからに楽器の宝石。

ムラマツの音はやや暗めで、日本人好みとよく聞く。実際、私も試したことがあるが奥行きがあって落ち着いた音だなと思っていた。地に足が着いた音というか。プロが吹いたら、幽遠な音が出るのかもしれないと。

先生の音は、温かみ、深み、奥行き、優美さがあり、包まれる感じがする。ムラマツの奥深さをすべて駆使し、新たなるご自分の音を紡ぎ出しているのだと思う。

楽器は奏者によって、どんどん進化していくのでしょうね。

ヤマハ、パール、三響、ミヤザワ、ムラマツ、アルタス、パウエル・・・皆、試吹したことがあるけれど、すべてその個性がある。

三響はヨーロッパ的で華やかな音で特に印象的だ。この音は、ヨーロッパの気候、湿度に合う気がする。そう考えると、ムラマツはヒノキの家、日本間にも合う音のような気がする。

今のところ、自分が吹いた感覚ではアルタスの音が一番気持ちいい。少量生産で匠の気持ちが込められているのが伝わってくる。深緑の中を清浄で透き通った風に、妖精が乗ってやってくるイメージ。からだが開く。

その日練習していた曲を、お手本で吹いてくださって、それは心に染み入り、感謝です。

N響なので、テレビでお目にかかることが多い。でも先日は、女性奏者お二人ばかりが画面に入って、先生は一瞬。やはり、オーケストラは生にかぎります。

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シャコンヌとエリック・カール

バッハのシャコンヌの調べが、真っ白な漆喰の高い天井へ反響する午後。

ヴァイオリンを奏でる漆原啓子さんの足元に座って聴き入る子どもたち。

漆原さんは東京藝術大学付属高校在学中に、第8回ヴィニャフスキ国際コンクールで、最年少の18歳にして、しかも日本人初の優勝と6つの副賞を受賞された。

ここは、国立国会図書館の支部、国際子ども図書館のホール。

この建物は100歳以上。もともと帝国図書館としてスタートした。ルネッサンス様式の明治時代の西洋館である。壁や天井は漆喰で、果物かごや花束などの模様があり、様々なシャンデリア、飾りのついた鉄の大階段、どれも手が込んでいて目に懐かしい。

この建物に通っていたのは学生時代。まだ国立図書館上野支部と呼ばれていたころだ。高い高い天井と荘厳な彫刻。その時を越えた空間にいるだけで、勉強している気分になれるお気に入りの場所だった。来館者は基本的に成人。確か、身分証が必要だったはず。なにか、大人の場という雰囲気だった。

トイレへ続く渡り廊下。ぎしぎし鳴く扉。足元の板にゆれる木漏れ日。木立の中の野鳥のさえずり。ほっとするひと時である。

それが、子どもの図書館になると聞いてはじめ不安になった。あの美しい建物はどうなってしまうのか?部分的開館になったときに子どもを連れて訪れたら、耐震性のない古い建物を保護しながらリニューアルする、という形と知った。昔は外壁だったところにとりまくように廊下ができて、その外壁を間近に鑑賞できる形だ。東京都選定歴史的建造物として保存されている。

しかし、やはり、大人の図書館という形は過去のものとなり、児童書の保存、子供用の図書館というコンセプトに生まれ変わった。もう、あの静かな空間で昔のように自分だけの時間を持つことはできない。こうなれば、子どもをダシに使ってみるか。

今年の「東京のオペラの森2007」上野公園エリアのイベントに、国際子ども図書館で絵本とヴァイオリンのコラボがあると知った。さっそく往復はがきで応募。返信のはがきには当選とあったが、実際行ってみると、何席が空きがあって当日の来館者も参加できたようだ。

絵本はエリック・カールの『うたがみえるきこえるよ

エリック・カールは子どもたちの間で知らない子はいないほど。司会の方が「『はらべこあおむし』を知っている人!」というと、ほとんど全員が「は~い!!」と元気よく手を挙げる。

エリック・カールは1929年ニューヨーク生まれ、幼少時にドイツに移住しシュトゥットガルト造形美大を卒業、その後アメリカに戻って、かの有名な絵本『スイミー』の作者レオ・レオニーの紹介で、ニューヨークタイムスのグラフィック・デザイナーとして活躍した。

はらぺこあおむし』は1969年。すでに40年近く前の作品であった。日本語版は出版30年だそうだ。色の中に同色系の色が組み入れられ、一度見たら忘れられない色彩である。「絵本の魔術師」という別名を持つ。

この国際子ども図書館のオープニングに、ご本人が参加、記念に妖精のリトグラフを図書館にプレゼントされた。3月17日から4月8日まで「エリック・カールの世界」が開催され、作品の製作過程やスタジオ風景、リトグラフも展示される。

さて、そのエリック・カールが1973年に「感覚をあつかった本をつくってみよう」と制作されたのが『うたがみえるきこえるよ』。字がなく、お話は絵に合わせて自分で自由に想像できるというもの。音楽を使うけれど、どの音楽を使うように、という指定もない。

頭のつるっとしたおじさんが、最初灰色の世界でヴァイオリンを演奏し始めると、色のついた種が出てきて、それがはじけて、それから・・・・。

今回はその音楽としてバッハの『シャコンヌ』が選ばれたということだ。『無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第二番』として1720年ごろ作曲された。(どこかで聴いたクラシック ヴァイオリン・ベスト101)旋律ではなく、和音進行を繰り返すので、その分旋律や装飾は自由に表現され、さまざまな表情がくるくると登場する。漆原さんの演奏は洗練されて迫力があった。まさに重層構造の曲である。

大人としては、はっきりした旋律というわけではいので、スクリーンの絵本のストーリーを自由に想像しやすい。音の粒は漆喰の壁にピチピチ跳ねながら、天へ上っていくようだった。

今の子どもたちは、すでにクレイアニメーション『ピングー』や子ども番組での、映像と音楽だけに自分で自由にストーリーをつけるというのは慣れていると思う。それを思えば、30年以上前に『うたがみえるきこえるよ』を作り出したエリック・カールは先進的だったのだろう。

普段は動いている絵にストーリーをつけるのは得意だろうが、動かない絵に音楽をバックに共にストーリーをつけるのは、さらに想像力を自由に働かすことができる。欲を言えば、1ページにかける音楽が非常に長かったり、とても短かったりで子どもはとまどったようだ。音楽の選定ももう少し子どもの耳に優しく、軽く躍動感があるものが合うのではないか、とも感じた。

短い時間だったが、生演奏と色彩豊かな絵本と共に、豊かな時間を過ごすことができた。

そのイベントの後は、急いで国立博物館の平成館ラウンジへ。ミュージアム・コンサートの「春のモツァルト」鑑賞のためである。出演者はラ・バンド・サンバ(弦楽四重奏)とフォルテピアノの小倉貴久子さん。小倉さんは第3回日本モーツァルト音楽コンクール、ピアノ部門で第1位を受賞、現在は芸大のフォルテピアノの非常勤講師を勤められている。

曲目は

弦楽四重奏曲「ミラノカルテット」第3番ト長調 K.156

ディベルティメント ニ長調 K.136

「ママ、あなたに話します」の主題による変奏曲(「きらきら星」変奏曲)

ピアノ協奏曲第12番 イ長調 K.414

子どもたちも聴き慣れている曲ばかりなので、リラックスして聴けたようだ。ただ、家では世界でトップレベルの演奏を聴いているので、音色やテクニック、生演奏に厳しい意見もある。しかし、目の前で第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンのかけあいがわかるのは楽しい。ディベルティメントは食事用だから、デザートと紅茶で聴きたいものだ。

フォルテピアノは足の上にあるレバーをひざで押し上げると、ペダルの効果がある。音は控えめでレトロ。華やかさはないが、品がある。「協奏曲にどうか、と思われる方もいらっしゃるでしょうが、何曲かはだいじょうぶです」とのこと。実際演奏が始まってみると、やはり、フォルテピアノの音が負けてしまう。もう少し、四重奏曲の音を抑えなければ全体のバランスが不均衡だと思った。フィドルの方が合うだろう。

それにしても、ホールの暗闇、スポットライトの中ではなく、平成館ラウンジの完全自然光の午後の光、しかも外の青空がかいまみえる演奏会は気持ちよく、宮廷貴族に一瞬成れた気分である。帽子をかぶったままのおじさんや、携帯電話かお財布の鈴がりんりん鳴ったり、子どもがパタパタしているごったがえした空間ではあったが、無料なら仕方ない。

芽を膨らませつつある上野公園の桜を見ながら帰路へ。桃色の彼岸桜の枝の上には何十羽と飛び交うメジロ。人間がたくさん寄ってたかって写真を撮っていても、一心不乱に蜜を吸っている。肌寒い風の中にも春は間近。

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魔笛と旋廻するフラワーピッグ

この夏は、初っ端から子供達を中村不折の書道博物館、子規庵、若冲展、岡倉天心の五浦の六角堂、野口雨情生家、栃木の高木盆栽美術館など、シブめな場所へ同伴していた。

六角堂は夢殿を模しているとされていたが、最近では杜甫の草堂である六角亭や仏堂の特質を持っていると考えられている。目の前に広がる大海原ーまさに横山大観の海ーからは岩に砕け散る波濤の大合唱。三宅島音頭「心の洗濯しにおいで♪」のごとく、魂がザブーンザブーン洗われ、揺さぶられる響き。

全身に浴びる音の刺激、これはその場に行ってみなければわからない。ここで天心は瞑想していたのだ。この環境はきっと脳に大きな働きかけをしていたに違いない・・・とクオリアに思いを馳せていた。

博物館系が多かったので、音楽系も、と考えていたところ、ちょうど茂木健一郎さんのブログでこれぞと思うコンサートの紹介があった。

東京フィルハーモニー交響楽団の「こども音・楽・館2006

さっそくチケットを購入し、その翌週に体験してきた。早いもので東京オペラシティも10周年。

開場時間前に到着したのだが、喫茶去、ということで、チケットを切ってもらったのは開演20分前だった。もっと早く入ればよかった!

ロビーではたくさんの子供達のオーラが楽しく跳ねている。リードに見立てたストローをブーブー、ビービー鳴らしまくり、自分の背より高いコントラバス の音を果敢に出し・・・。みんなの目がいきいきと輝いている。見て、触って、吹いて、弾いて、体験型は体にしっかり染み入る。

ジャーン、チャラララン、チャラララン♪

モーツァルト 交響曲41番 ジュピター 第一楽章 

あれっ、なんてスローでソフトな出だし。日頃聴いているレヴァインのウィーンフィルはもっと力強く荘厳。どちらかというと40番の方が親近感を覚える。子供たちも40番好み。

この雰囲気なら気張らないでいけそうだ。私にとってはハーブの聖地、日野春ハーブガーデンで植物の旺盛な生命力と清涼な空気に身をゆだねたあと、これまたお気に入りのリゾナーレでまろやかなロイヤルミルクティーを飲み始めたような、そんな午後のひとときを髣髴とさせる心地よさを感じた。

そうそう、茂木さんのブログに、指揮者チョン・ミョンフンさんの言葉で「出だしのテンポが速すぎてはいけない!」とあったっけ。

というのもあるが、ひょっとしたらオーディエンス、思ったより年齢層の低い子供達への配慮があるのかもしれない。いきなり、威圧的な音では構えてしまうかも。などといろいろ考えつつも東京フィルの澄んで調和した音と同化していった。

会場の子供達は思いのほか静か。イントロに登場した声の主(実は子供時代のモーツァルト)の次回の登場を待っているのではないか?近い未来への期待感が会場を引き締めている。

ジュピターが終わった後、影絵のモーツァルト、ゲストの茂木さんが登場。ミョンフンさんは、幼い頃はピアノとチョコレートが一番だったが、奥様と出会ってからは順番が変わった、と始める。うーん、おしゃれ!ここで茂木さんが「チョコレートと妻」に反応すれば、対話になったのにな~と思ったり。漱石の餡子好きにせよ、脳をよく使う人は甘味系アリンコなのかもしれない。

しかし、茂木さんの「蝶の音に敏感だった少年期」というのには、新鮮な驚きを覚えた。ヒラヒラというオノマトペイア以外の、実際の音なんて考えたこともなかった。すべての感性を総動員して蝶との出会いを求めていらしたのだろうか。

魔笛 は会場を駆け抜けるパパゲーノの華々しい登場からスタート。たちまち会場は嬉しくどよめいた。おー!ホントに関西弁で歌ってる。晴雅彦さんらしさ、パパゲーノらしさが更に際立つ感じだ。誰かがおもむろにパイプオルガンの前に現れ、歌い始める、その正体は夜の女王。周り中から、

「わー!そうだったのかー」

現象を目の当たりにしながら答えを得られない間の脳の中の検索、あるいは空白の感覚がなんともいえない。そして「そうだったのかー」とひざを打つ瞬間、まさに脳内稲妻がピカッと光るのである。それは一種快感をも伴う。

台本は「一つの番組の台本を書くのに50冊本を読む」放送作家の富樫香織さん、ということで期待通り。子供達のこころを引っ張り込み、ワクワクさせていた。

夜の女王は午前中の発声は少々きつかったようだが、午後はきっとうまくいったことであろう。パミーナ役の松田奈緒美さん、彼女はこれからすごく伸びるに違いない。ぜひ多くの作品を聴きたい。古典も似合いそうな声である。

2回目の茂木さんのトーク。瞬間集中のコツ、そしてモーツァルトといっても好きで聞くのが一番!、これこそポイントだ。心身にいいから、とサプリメントのように義務的に飲むより、食べたいものをおいしく食べるのが実はシンプルに健康的だったりする。

我が家は自分が聴きたいから単に流しているだけで、そのうち子供達は交響曲は全曲馴染みとなり、あるとき「宿題するからモーツァルトをかけてくれないか」となったのである。このときはディヴェルティメントをリクエストされる頻度が高い。

再びジュピター。今回はテンポが速まり、勢いがついている、が、ヴァイオリンがとてつもなく優しい。妖精たちが手を大きく広げてウィーンの森へいざなっているようだ。

〆の歯切れのよさはザルツブルグの青い空へ白鳩が一斉に飛び立ったよう。ミョンフンさんは粋だな、と思った。

最後のコメント、「音楽は愛を伝える」とさらり。しかし噛み締めるように語るマエストロは、久々に感じるオトナ。指揮者の人となりが曲を仕上げるものだと妙に納得してしまった。

何よりも会場を舞う音楽に慈しみを感じる。子供達同伴のたくさんの天使達も手伝っていたかもしれない。それを自然木のシューボックス型ホールが受け止め、包み込んでいるのだ。

アンコールのフィガロの結婚 も大喝采、高揚感と共に終了した。夏休みの宿題もこうやってスカッと仕上がればよいのにね。

終了後は出演者によるサイン会があるというので外へ出ると、なんといきなり先頭になった。チケットを購入したのが直前で、1階S席の最後列だったのが幸いしたようだ。

DSソフト、エレクトロプランクトンの遊び方を教えて下さった岩井俊雄さんが茂木さんとテレビで対談したものだから、茂木さんにも会ってみたいと子供心に思ったらしい。フラワーピッグを描いて頂き、握手もして頂いてごきげん。あとからロケットを描いてもらっているのを見て、口惜しそうにしていた。蝶の話や脳の話が聞ければ理想なのだが、直にお会いできただけでもよき夏の思い出、刺激になったことと思う。

昨年の夏、東京国立博物館のイベントに参加していたら、ちょうど天皇皇后両陛下がお越しになられ、子供は最前列で握手して質問されるなど、そんな運も持っているようである。

ところで、茂木さんのサイン、フラワーピッグは丁寧に花びら7枚、名前も楷書でフルネーム・・・・

思い出した。ドラネットの国語、作文指導でも知られる宮川俊彦先生が瞬時に書きあげるサインを読めなーいとつぶやいたら、「いいんだよー読めなくて、これがサインだ、ハッハッハッ」

空白(茂木さんのブログ参照)を本人自ら塗りつぶしているような気がしないでもないが、そこが彼らしさなのかもしれない。

日照りに溶けるチョコレートとなりながら、家路につく。子供達の鼻歌はジュピター。今日は生演奏で2回、しかもここのところCDでよく聴いていたものだから、頭の中もコンサート会場と化している。

むんむんする玄関では、ノコギリクワガタがさなぎを脱いでいる最中だった。がんばれ!!

モーツァルトの音楽は、人がさなぎを脱ぎ捨てるきっかけを作ってくれるかもしれないな。

さて、CDに描いて頂いて連れ帰ったフラワーピッグくんは、長時間グルグルぐるぐる回って目を回している。

スーフィーのダーヴィッシュ(旋廻舞踊)のように、フラワーピッグはモーツァルトと共に天と地をつなぎながら旋廻する!

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お香で感性Lessonもよろしく。

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ロビーコンサート

ざわざわざわ、走って走って開演1分前、絨毯が敷き詰められているロビーの階段に息せき切ってたどりついた。そしてそこへ座った。

ホテルオークラのロビーの階段に座り込むなんて、ロビーコンサートのときくらいだろう。

その日は第7回『ホテルオークラ音楽賞』受賞記念演奏会。

月に1度開催されるロビーコンサートにはわざわざ遠方からそのために訪れる人も多いそうだ。

今回の受賞者は小山美稚恵さんとアンサンブルのアントネッロ。

小山さんといえば、1982年チャイコフスキーコンクール3位、1985年のショパンコンクール第4位と日本人として初めて二大国際コンクールに入賞したピアニスト。

最近ではNHKのスーパーピアノレッスンのルイサダ先生のテキストに「私のショパン攻略法」という題で執筆されており、いたく共感していた次第である。だから、彼女の生演奏を無料で聴けるなら、とタイトなスケジュールでも駆けつけたのである。

曲目は

ラフマニノフ 前奏曲より

  作品32-12 嬰ト短調 、作品23-6  変ホ長調 、

  作品23-5  ト短調 、  作品32-5  ト長調

 練習曲集「音の絵」より作品39-5 変ホ短調

スクリャービン 左手のための夜想曲 作品9-2 変ニ長調

樹氷の原野をトナカイのソリが走りぬけ、首につけた鈴が鳴り響く。

3曲目はポピュラーで、エキゾチックな香りがいい。

なかでも「音の絵」の深く垂れ込む黒雲の中に流れるメロディーが悠然として印象的だった。

スクリャービンの左手のための夜想曲はこれこそ、生演奏でしか味わえない驚きを感じた。CDだと片手だけのテクニックを実感できないほど。

でも、どちらかというと小山さんの生のショパンを聞いてみたいと思う。今年の6月からなんと12年間、全24回、前代未聞のリサイタルシリーズを開くというから、すごい。

2017年まですべてのプログラムが完成している。

「ピアニストとして、一生のうちに弾きたい曲がある。それを、この12年間で叶えます。」

毎回テーマがあり、作曲家の記念の年をからめたり、色をイメージしたり、全体で流れが出るように組んだとか。

12と24、これは短調と長調の12音があって24の調性が生まれることにつながる「音楽の基本」という意味を込めているそうだ。

ロマンへのさすらいの旅。夢が明確だから、きっと実現していくのであろう。計画性の重みを感じずにいられない。

アントネッロ

14世紀の作曲家アントネッロ・ダ・ガゼルタに由来する古楽アンサンブル。バロック以前の16~ 17世紀の音楽は、躍動感があり、自由闊達で驚くほどおしゃれだ。

バッハ、ヘンデルよりさらに時代をさかのぼるため、知られざる作品群だが、私はここらへんの時代は結構好みである。

リコーダーとコルネットは濱田芳道さん、「もののけ姫」の音楽担当、大河ドラマの「信長」「秀吉」にも出演したそうだ。コルネットには一聴ぼれというところだろうか。金管と木管のハーフのような楽器で現在は絶滅してしまったという。楽器を斜めにして吹くさまは中世の奏者のいでたちにも似合うが、アルトサックスでジャズを渋く奏でているよう。とにかくいい音。

チェンバロとハープは西山まりえさん。リコーダーには断然チェンバロが合うのである。大きなコンサートホールに負けないフルートに、リコーダーは活躍の場を奪われていったのであるが、やはり、楽器の相性というのはある。小学校の必修楽器だけがリコーダーの正体ではないのだ。木製は高く、手入れも大変だが人体に馴染む音である。小さなサロンで鑑賞したい組み合わせである。

ヴィオラ・ダ・ガンパは石川かおりさん。最近、古楽器ブームという。ハイテク楽器の使いやすさにはかなわないだろうが、音の響きには変えられない。調整の難しさ、手のかかるところがいいという人もいるだろう。車もオートマが主流で、マニュアルはかえってマニヤックな人がこだわりで乗っているように。世の中、アナログ、手作り志向も進んできている。弦楽器の彫り物つきなど、芸術作品である。

コルネットの濱田さんは6月に開催される目白バ・ロック音楽祭(バロックではありません、場+ロック=先端的なもの)のレジデント・アーティストでもある。これは面白そうな音楽祭である。

ロビーの階段に腰掛けての姿勢であったが、全身に音楽を浴びることができた。もう少し早く到着できたら、フリードリンクをちょうだいできたのだけど。

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ピアノの便り

ピアノの先生からいつもと雰囲気の異なる手紙が届いた。

ずいぶん長いことお会いしていないので、いつもはあっさりとした内容なのだが、今年はびっしりと細かい字で埋め尽くされていた。

冒頭では私がショパンのエチュード級、スケルツォを弾いているのを喜んで下さっている。ピアノのコアに達した、ということらしいが、

小学校のときから成績もピアノもずっと比較され続けた同い年の男子A君は、確か中学校1年生あたりでスケルツォ2番を堂々とかっこよく弾いていた・・・・すごいのは練習の段階ではミスが多いが、発表会になると完璧になることだった。本番に強いタイプっているのだ。そういえば、幻想即興曲で指がはずれたら、と当日、具合が悪くなって休んでしまった子もいたなー。

彼はその後、東京芸大を受けるか東大を受けるか、と言われていたがその後の消息はとんとわからない。今頃どうしているだろうか。

そんなわけで、あの子が弾く曲は自分にはムリだ、と自分で制限を作ってしまったらしい。大きな象の小さな杭というかなんと言うか。

先生の筆は昨年のパリ・コンセルバトワール、ルイサダ先生のレッスン風景の絶賛に及ぶ。

生徒のレベルもコンクール入賞級なのに、適格な指摘で大変驚かれたとのこと、さらにご自分のことを恥ずかしい、と書かれている。先生の目から見てもすばらしいレッスンだったのである。

私もあの番組の影響で、昔封印されていたA君の中学生時代の18番を練習する気になったのである。杭を抜いてくれたのはルイサダ先生。それが繰り返し練習していくうちに弾けるようになるものである。指が覚える。それは「革命のエチュード」の左手と同じでそのうち指が動くようになるものだ。この曲は右脳の活性化のためによく弾く。弾かないと幅が狂ってくる。

しかし、名演奏家の指さばきを見ていると、相当小脳が発達しているのだろうな、と思う。クラシックの大曲になってくると、これはスポーツ系である。タイミングや瞬発力も必要だ。人間の機能はいやはやすごい。

先生によると、「貴女は大変力強いタッチを持っていました」

あれれ?昔はそれがアダで情感をこめる曲がねえ~と言われていた気がする。今思えば10代や20代で、ベートーベンやショパンの苦悩や心のひだを表現するのはなかなか難しかったのではないかと思う。

年を重ねて、いろいろな経験をしたからこそ、その曲を書いたときの背景、歴史的環境、心情に寄り添うことができるようになった気がする。

学生の頃は全然違うことを考えながら弾く(これはいけません。怒られていました)のが得意だったが、今はここらへんのフレーズでこんな気持ちを表しているのかも、なんて想いを馳せながら、そして自分の人生と重ねながら弾いている。

自分の先生に褒められるのが一番嬉しい。誰よりも。いつまでも先生は先生なんだなと思った。

今でも、いつかこの曲を先生に聴いてもらいたい、と練習している好きな曲がある。けれど、ピアノの先生をしている友人が「難しい、発表会までに暗記ができなかった」、とぼやいていた。不協和音がなかなかスムーズにいかず、聴いてもらうまでには到達していない。

他に好きな曲は、ショパンのスケルツォ1番。心のモヤモヤを吹き飛ばしてくれるよう。

ところが、2番の方が人気があって、1番のCDが少ない。

一番すばらしいのは絢爛豪華といわれるアルトゥール・ルビンシュタイン、残念ながらここにはご紹介できないので、この際、ショパンの魅力全開の全集をご紹介します。

ショパン・ピアノ作品作曲集  1枚900円以下!スケルツォは1~4番まで収録 

ルイサダ先生のおしゃれなスケルツォ2番が収録されています。

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イブのコンサート

北風のビュービュー吹きすさぶイブ、新百合丘へ行ってきた。

スピリチュアルサウンドワーク2nd

  クリスマスイブの午後 愛の波動、分かち合い

 スペシャルコンサート

風鈴演奏家吉田慎さんからチケットを送って頂き、楽しみにしていたコンサートである。

出演者は吉田さんの他、岡さやかさん(ヒーリング歌手)、牧野持侑さん(クリスタルボウル演奏家)、彦星さん(シンセサイザー詩人)、Kenyuさん(作曲家・音楽療法研究家)、所れいさん(ヒーリングハープ)の6人。

岡さんの声はやわらかく透き通るようで、永遠の少女のような雰囲気を携えている。彦星さんはシンセサイザーの説明をされ、地元の新潟県でもやすらぎをテーマとしたコンサート活動を行っているそうである。

吉田さんのライブは初めて。たくさんの風鈴を羽箒で華麗になでる様は、龍宮城の浦島太郎の前で舞うダンサーのような・・・・。ご自身作曲のシンセサイザーのメロディーにあわせる、そのタイミングは天性のものだと感じた。メロディーがグラウンディングしており、美しい風鈴の音とバランスがとれているから、リスナーも安定するのである。

時折、中国古代の祭祀で使う大小の鐘を鳴らしている人がだぶり、不思議な感覚を覚えた。鐘が風鈴になったのかな。

江戸風鈴も製作者からひとつひとつ音を吟味しながら購入されているという。やはり、ナマの音は体に響く。この方のCDに出会ったことにより、今年後半の悲しみやマイナス感情が洗い流されたようで、本当に感謝である。

所れいさんのケルトハープの音色はどこまでも慈しみの波動が覆っていた。兎のような小動物や生まれたばかりの生き物を抱いてそっとなでる、そんなときの気持ちになれる。また、秋の午後の陽だまりで目を細めながらハープティーをゆっくり飲むブレイクタイム。人は自分が満ち足りていれば、人にも温かく接することができるものだ。

ホスピスで一対一で演奏され、患者の方はいつしか気持ちよく眠ってしまうそうである。初めて制作されたCDはぜひ、たくさんの方に聴いてほしいと思う。音楽の他、カラーやアロマやアート、いろいろな世界をマスターされた彼女はきっとこれからも新しい分野を開拓されていくことだろう。

クリスタルボウルの生演奏も初めてであった。人によって、音が合わないと気分が悪くなることもあると聞いたことがある。音に耳を傾けるというよりは、体全体でそのバイブレーションを受け止めるという体験であった。思ったより、音量が大きくて響くものだ。気がつくと、会場の大部分の人の首が傾いている。私も頭がグラアッときた。

それぞれの人に合った音を奏でるという、個人セッションはさらに効果があるのだろう。どういうわけか、パズルがはまるように自分に合う音というものがある。最近では音階そのもので治療する方法があるようで、そのうち出会いたいと思っている。

まどろみを覚ましたのはKenyuさんのプロのピアノである。CMや映画、アニメ、ゲームなどの作曲をされているので、聴衆をぐっとつかむ力が満ちている。会場に入る前に、ブースから顔を出されたご本人に「(CDは)聴いてからね」と話したが、出てきたときにはしっかりサインをして頂いて購入した。

オープニングの『アトランティス』は予定ではなかったが、演奏されたとのこと。ケルトハープといい、クリスタルボウルといい、このコンサートには1万年以上昔の、かの国が浮上してきているのか。

最後の全員でのコラボ、当日初めて会ったという方もいるのに、なかなかよかった。日本で初めての楽器の組み合わせかもしれない。

帰りは風で塵が吹き飛ばされたおかげでクリアな夕焼けを拝むことができた。

クリスマスが終われば、さっそくお正月の準備。明日は末広がりの28日。正月飾りの掛け時である。

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簒奪ビーフと西安大餅

家に帰るなり、

          「ピカソの簒奪ビーフ!」

    と皆で歌いながらケラケラ笑い転げているのだ。

         「はあぁ?????????」

簒奪といえば、王位簒奪、前漢末、平帝を毒殺して自ら帝位につき、国号を新とした、王莽をとっさに思いつくのがふつう。在位15年にして後漢の光武帝に滅ぼされた、あの王莽だ。

何でも、秋葉原で大音響でかかっていたのでつい買ってきてしまったという。確かに聞いたことはあるが、のまネコの空耳アワー版をきちんと聞いたことがなかったのだ。

かなり前から、ヨーロッパやネットの世界で空前の大ヒット。ある小学校では運動会で使われたり、クラスの皆が歌えるほど、らしい。実はルーマニア語で歌っているわけ。

ビルボードのヨーロッパチャートでは10週連続1位、400万枚の売り上げ。空耳を表現しているアニメーションの、のまネコが有名であるが、そもそも歌っているのは、ルーマニア人?ではなくて、モルドバ共和国出身のO-ZONEという3人の青年たちである。

モルドバ。この国はルーマニアとウクライナにはさまれた小国で、人口438万人、面積は日本の11分の1ほど。言葉も民族もルーマニアと同じで、国旗もルーマニアの国旗の中央に紋章がついている、という違いしかない。1940年にロシアに併合され、1991年に独立したという歴史をもつ。長らくキリル文字を使っていたが、その機にアルファベットによる表記を復活させた。

OーZONEのメンバーは小学生の頃に、言葉の音は同じでも二つの文字の狭間に置かれたことになる。奇遇なことに彼らの歌はさまざまな世界の言語に置き換えられているのだ。音は似ていても表記の文字が違う・・・・、ついでに意味も違う!

メンバーは2002年にルーマニアの音楽がヒットすることを予感して首都ブカレストに移動。そこから彼らのシンデレラストーリーが始まるのだ。

「DRAGOSTEA DIN TEI」 英語では「WORD OF LOVE 」

日本語で「恋のマイアヒ

日本語の空耳バージョン(エイベックス版)は、のまネコの一匹が誰かに電話しているところをもう一匹がちゃちゃをいれ、そのうち一升瓶の酒を飲んだり、牛の乳をしぼったり、あげくのはてに金髪のかつらをかぶって宴会芸もする。節分の豆を拾ってたべたりして、最後には牛にモーフをかけてもらってすやすや、というストーリーになっている。ちなみに原語では「君が行ってしまうと、色がグレーになるんだ」という恋の歌である。

ちゃちゃを入れているほうのネコ(メス?)のファンも多いと聞く。いろいろパロディーが出回ってるのにはびっくりした。

中でも台湾版は印象的。マイアヒーの最初から、ごきげんな虎や猿が登場し、うなぎ、葡萄、ネコ、エビ、竹の子など次々と画面をにぎわす。例の「簒奪ビーフ」は「西安大餅」に変身。音は「簒」が「西安」、「奪」が「大」、ビーフの「ビー」と「餅」が対応。簒奪で有名な王莽が建国した新の都は長安→西安、ビーフ→食べ物→大餅。めちゃくちゃだが、まったく関係ない言葉群でもない。「キープだ牛」の「プだ」は「葡萄」なのである。ルーマニア語→日本語→中国語、と妙な空耳変換。中国語が聞き取れる人なら結構楽しめる空耳である。台湾風なのではまるのだろう。北京語としては少々ムリがある。それにしても、世の中ボーダレスな世界になったものだ。

どうして、こんなにヒットするのだろう。中毒性があるようで頭の中をぐるぐるかけめぐる。意味づけをすることによって確かに覚えやすいことは確かである。What time is it now?は「掘った芋をいじるな!」で通じやすくなるし、1543年は「以後予算がかかる鉄砲伝来」の語呂合わせ。

数学者のピーター・フランクルさんが学習法で「ざるそば」式記憶法を提唱している。よいそばはざるの上に留まって、抜け落ちることがない。人間の脳もざるのようなものだから、物事を大きく長く、つまりいろいろなものと関連させれば覚えやすくなる、という方法だ。「恋のマイアヒ」は空耳の日本語で意味を練り込み、しかもかわいいのまネコで目も楽しませ、キャラクター効果も生まれる、といったところ。この曲に出会えば、いやなことも疲れも吹っ飛ぶ、という人も多い。

語呂合わせは昔からの記憶法の智慧、ピーターさんの「ざるそば」式記憶法は経験知によるもの。人間の脳のしくみをうまく利用した記憶法なのだろう。

ところで、祖国のモルドバはこれで知名度をあげただろうか。

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ノクターン 変ニ長調 作品27第2

1週間に1度、NHKスーパーピアノレッスンの時間がやってきた。モーツァルトの時から続けて見ており、現在はショパン。講師はヒデとロザンナのロザンナ似の(でも男性の)ジャン・マルク・ルイサダ先生。

今回はノクターン 変ニ長調 作品27第2であった。ショパンがこの曲を作曲したのは1835年、パリにて。久しぶりにポーランドの両親とも待ち合わせの場所で再会が果たせ、さらにマリア・ヴォンジンスカと恋に落ちていた頃である。「このノクターンは情熱的な感動を秘めながら、控えめな優雅さにあふれている」とテキストには記されている。事情を知らないうちにその曲を聴いても「優雅な満たされた気分」に浸れるのだから、やはり曲全体にショパンの思い入れが詰まっているのであろう。曲が作られたときの、作曲者の心境、背景を知ることは演奏する上で非常に大きいことが、年を経てからやっとわかってきた。昔はひたすら楽譜通りで精一杯だったな。

1836年、ショパンはマリアと婚約までこぎつけたものの、マリアの母親からの条件を果たせずに、婚約破棄に至ってしまった。夜11時迄に就寝すること、芳香のシロップを飲むこと、毛糸の靴下とスリッパを履くことなど4条。これらを守れなかった彼は、夜会での演奏などで体をこわしてしまったのである。ノクターンは早朝にはかけないだろうけど。

マリアの最後の手紙。

「美しい音楽帖のお礼を申し上げたくてペンを取りました。(中略)さようなら、私たちのことを忘れないでください。」

漫画で表現すれば、手紙を読んだショパンのバックはよっぽど悲惨に描かれることだろう。ところが、人生奇なるもの、この悲恋に打ちひしがれた彼へ猛烈アタックしたのが、ジョルジュ・サンドであったのだ。

心の中はマリアのことだけ。なかなかサンドのノアンへの館への招待を受ける気分になれなかったショパン・・・・。

その頃作られたのが、「スケルツォ 第2番 変ロ短調 作品31」

ルイサダ先生が、ここの、この音は「悲痛さを出すんだ!」とアドバイスされていたので、たっぷりショパンの感情にひたって弾くことにした。自分で弾いていながら、胸に響いてしまうのである。170年たっても、ショパンのメッセージは生きている。最近、体を折り曲げて、自分にひたりきって弾くピアニストも多いけれど、ルイサダ先生はきっぱりこう言う。「それでは、音が聞き取れませんよ!」「勝手にアレンジしてはいけません」

作曲家のオリジナル性、シンプルさを大切にするルイサダ先生の講義はとても勉強になる。この番組を見てから、自分の演奏法が変わったように思える。

「最後は間違えても自信をもってポーズをとればだいじょうぶ。拍手にかき消されてしまいますからね!!」なんて、おちゃめな先生なのである。

ポップスの寿命は長いものはまだ少ないし、聴き古されるものもある。これはその曲から得るものを吸い取ってしまったから。古典がいまだに聴ききつがれ、弾き続けられているのは、得るものがあるからである。作曲家と同じ境遇でないにせよ、それらの曲には聴く者の感情を打ち振るわせる、なにかの共通語があるからではなかろうか。




ジャン・マルク・ルイサダ氏の演奏。上記のノクターンは入っていませんが、スケルツォ2番が入っています。ショパンの心情を再現した演奏はすばらしい。大の映画好きで知られる、ルイサダ氏の演奏は表現力も豊か。ショパンの演奏姿さえ浮かんでくるようです。演奏後、オーディオに向かって思わず拍手を送りたくなります。









ショパン国際コンクールで、ブーニン以来15年ぶりの第一位を獲得した、ユンディー・リーの演奏をぜひ体験してください。優勝のときはこちらもとても感動しました。練習の厳しさはすごい。(ロシアの彼もよかったのですが)。彼の場合、表情も合わせて見たい。DVDのほうが迫力が伝わるでしょうが。

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風鈴演奏家

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音楽のカテゴリーではトンコリ、タブラトゥーラに続いて風鈴音楽が登場です。マニアックな楽器が続いていますが、先日は知り合いが属する、弦楽合奏団の演奏会にも行っています。これから特にコンサートシーズンですね。今度はコークレが聴きたいと思っているところ。えっ、コークレって何?北欧の古楽器。北欧バルトの神話に登場します。やはり、古くからの話、モノに興味があります。

ひょんなことから、風鈴演奏家よしだしんさんご本人から自作のCDをプレゼントして頂いた。

『風音Ⅲ 夢想う詩』 風鈴、自然音、シンセサイザーのスローなコラボレーション。

ジャンルは音楽療法CD。健康雑誌『壮快』でもその効果を絶賛、医学博士篠原佳年先生監修の『風鈴健康法CD』と『風音CD1~3』の4枚がパッケージとなって販売されている。

吉田さんは会社務め、ミュージシャン、インターネットビジネス、セミナー講師の副業、複業をこなす、超多忙で早起き、爽やかな青年、パパでもある。奥さまの春うららかなソフトな笑みもとてもすてき。こんな奥さまに見守られながらあの風鈴音楽も生まれたのだろう。今年の夏はお嬢さん(ピアノ担当)と共に演奏旅行という夢も叶えられた。

それらの副業収入がかなりの額になったので、もうすぐ独立されるそうである。最近はマルチな才能を発揮する人が増えているが、世の中全体的にそうなっていく傾向だそうだ。人は自分でも気づいていないたくさんの可能性を秘めているのである。

ところで、そのCD。聴いたとたんに脳の中で何かが反応しているのがわかる。干上がり硬くなったスポンジに聖水がそそがれ、徐々に元の大きさに戻っていく、そんな感覚であろうか。うるおった脳はゆっくりとリラックスしていく。

風鈴の音はf分の1のゆらぎと3000ヘルツ以上の高周波音を兼ね備えて、私たちにそっと語りかけてくるのである。その結果、アルファー波を発生させ、脳内ホルモンの分泌が盛んになる。心地よいと感じる音は、科学的に証明されるようになってきた。

暑い江戸の夏には風鈴がつきもの。エアコンなんてないから、窓は開け放して外の風が吹き抜けて、ついでにお隣さんやお向かいさんの打ち水の冷風や、風鈴の音もさまよいこんでくる。暑さを和らげる昔の人の智慧のひとつ。江戸風鈴の音は甲高くなくてやっぱり粋だ。南部風鈴はしみじみ骨にもしみる。

よしださんの風鈴は日本の江戸風鈴、南部風鈴、常滑風鈴だけではなくアジアのバーチャイム、南の島の貝殻風鈴や西欧の風鈴も含まれている。耳をすまして聴くき分けてみるのも楽しい。

今まで風鈴といえば、夏のイメージが大きく、晩夏になると片付けてしまう。最近では風鈴の音が気になる、とご近所を気にして、すぐにしまい込む家庭も多いような気がする。生活スタイルが変わり、昔より共有空間と個人空間の別を大切にする現代人は、確かに環境音に関する意識が変わってきている。静かにしていたい人、自分の音を聴きたい人などは風が強い日など、ひっきりなしに風鈴が鳴っていると閉口してしまう。

そんな現代、早朝でも真夜中でも、好きな時間に、季節に聞くことができる、透明な響きをもつ音楽療法CDとなって再び登場した風鈴の響き。昔の人の智慧と現代人の智慧がミックスされた音楽の贈り物である。

ぜひ他の作品も聴きたいと思っている。ただし、少々TPOの工夫がいるかもしれない。うちの家族はすることがあるのに、風鈴音と沈香の香りに包まれて、ゴロリ、コロリと気持ちよく夢の中へ移動してしまうのだ。香りと音、嗅覚と聴覚への同時アプローチは思ったより効果があるらしい。眠りは確かに深くなる。お気に入りの香りと風鈴ミュージックで秋の夜長をすごしてはいかが?

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タブラトゥーラ千客万来

タブラトゥーラのコンサートへ行ってきました。まだファン初心者ですが、この人たちの音楽は聴けば聴くほどぞっこんになります。「この人たち」と言いたくなるのは、共演者のルネッサンス・バロックの歌曲で高く評価されている波多野睦美さんが、以前「この人たちは、みなさん目立ちたがりやさんで、その中で私はどう歌うか…」と話されていたことによります。この人たちの演奏(というより、舞台)はナマで体験するとその魅力は倍増します。

いろいろなジャンル、今昔古今東西の音楽を聴きますが、このグループはなかでもユニークでしょう。今年で結成21周年とか。普段、それぞれバロックなどのメンバーですが、年に数回タブラトゥーラに変身する、というイメージでしょうか。

パンフレットには「時空を越えてやってきた世界最強の古楽器バンド」というふれこみのほか、「ヨーロッパの中世・ルネッサンス時代の舞曲の自由なアレンジや即興演奏からメンバー自身による作曲へと発展し、古楽器を使ったオリジナル曲という世界でも類を見ない独自の音楽スタイルを確立」とあります。しんみりから爆笑まで、とにかく楽しめる。

メンバーはまず、つのだたかしさん。漫画家のつのだじろう氏、音楽家のつのだひろ氏と兄弟ということで、まるで千住さん一家のような芸術一家。楽器はウード(紀元前8世紀ごろ、ペルシャで生まれたリュートの先祖)、ラウタ(ウードとリュートの中間)、リュート(ウードがヨーロッパに紹介されてリュートに、中国を経て日本へ渡って琵琶に)。陽気な今風大国主命のおなかとイチジクを半分にしたような楽器はおしくらまんじゅう!?彼が奏でる楽器たちはせつないリュートに、あるときは津軽三味線に、エレキに、琵琶に聞こえてくるのです。

北海道出身の江崎浩司さんは普段はバロックのオーボエ奏者ですが、ここでは指使いが目にもとまらぬ速さのリコーダーと、キーがなく、リードの調節が難しいオーボエの先祖のショーム。数々の賞を受賞しているそうで、その音色は非常に安定感があり、リンカーンに乗っているようです。メロディーが始まると、いきなりその世界に飛び込めます。一見静かそうですが、実はおちゃめ。そして、彼の書く文章は小粋でおしゃれ。

土浦出身の田崎瑞博さんは天使の輪っかがあるさらさら、ぴかぴかのおかっぱ頭を時にユラユラと、時にバサバサさせながら、跳ね回る弦楽奏者。普段はバイオリン、チェロですが、ここではフィドルという古い時代の擦弦楽器を操ります。バイオリンよりくびれがなくて、大きさによってチェロのように演奏するスタイルもあります。ライトの熱でチューニングが大変のようでした。彼が地面に着地すると、楽しく華麗な音楽が始まります。西欧の絵本の中からひょいと出てきた人だ。

福島出身の近藤郁夫さんが叩いているのはたこやきとは大違い、ハンマーダルシマーと中近東の打楽器タラブッカなど。中近東のサントゥールが十字軍の遠征と共に西へ伝わりハンマーダルシマーに、東へ伝わって女子十二楽坊の楊琴となりました。ハンマーダルシマーはピアノの先祖でもあります。いつも天界から光と共に降りてくるような音色に感じる。近藤さんは寡黙なマイスターのように、巧みなリズムをきざむ。メンバーの真ん中に座して、両脇の2人ずつのメンバーの支柱としてバランスをとっている、と思う。ニュートラルな人だ。

陸の恵比寿様、山崎まさしさんはギターの先祖、ビウエラを担当。普段はフラメンコギターの名手だそうです。ビウエラは16世紀にスペインで使われていたという、でも今は絵の中だけの楽器で、山崎さんのはヘッドに猫の顔を飾ってある特注品。ソフトな音と思えば、結構山椒の音が利いていました。リュートと実によくはもる。職業柄、演奏のときはあまり笑わないと紹介されていましたが、悩みがあったときは何でも聞いてくれそうな懐の深そうなおじさまです。

というように個性的な方々ですが、彼らが奏でると会場には中世のイギリス、フランス、ドイツ、スペイン、シルクロードや横須賀まで現れます。透明で奥行きが深い声の波多野睦美さんとのコラボも何百年も前にタイムスリップしたよう。ショームとフィドル、ビウエラとリュートの音色がこんなに合うとは!

ブラボーを叫ぶ練習をしてから(実は下を向きながらつのださん自身も叫んでいる)、全員総立ち(演奏者に促されてだけど)のアンコールの嵐まであっという間の充実の時間。ホールを出ると、ロビーでなんとまた演奏が始まっていました。しかもみんな踊りながら。エンターテイメント!古楽器はやはりそばで聞くのが一番。まさに音楽の喜びに満ちている人たち。このまま聴衆はこの音楽につられて、別世界まで着いていってしまいそう。特にショームを吹く江崎さんはハンメルンの笛吹きに見えました。

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